「第3章 お試しプラン」
「第3章 お試しプラン」(1)
(1)
クラスメイトの子が自殺をせず、生きたいと思わせる未練を作る。
簡単に説明すると、澄人に与えられた課題は、こうだ。あの日にやると答えてから、三日が経過しようとしていた。現在の時刻は0時を回っている。
彩乃が提示したリミットまで残り二十四時間を切った。
電気を暗くしたベッドの上で横になった澄人は、携帯電話の人工的な明るさだけを部屋の光源としている。目に悪いのは重々承知だが、部屋の電気を点ける気にはなれない。表示されているメールには澄人がビッシリと書いた未練作りのプランが書かれていた。あとは、送信ボタンを押すだけである。
今日まで澄人の頭には常に未練作りがあった。それは朝起きてから夜眠るまでずっと。(もしかしたら夢の中でもやっていたかも知れない)
特に学校で彩乃の姿が見えると嫌が応でも意識してしまう。あの日以来、彼女とは依然と何かを話す事もなく、無口な状態に戻っていた。それを察して、前野も佐川も何も言ってこなかった。彼らに相談するのも一つの選択肢ではあったがそれをしてしまうと、とてつもなく大変な事が起こる気がして出来なかった。
朝、起きて学校までの通学時間、放課後になって学校からの下校中。家に帰ってから眠りに付くまで、考えられる時間の限りを使って調べた。
澄人が調べる時に主に使用していたのはインターネット。
検索サイトに【死ぬまでにやりたい事】とキーワードを入力する。このキーワードで検索すると、まず出てくるのはブログ。それぞれが死ぬまでにやりたい事リストを作成して、実行していくまでの過程が書かれている。
それらの動機の多くは今までの人生とは違って、張りを出す為だったり人生の目標を書く事で、そこに辿り着くまで頑張るという、希望に溢れたものだった。
彩乃の求める動機とはまるで正反対。果たしてこれが本当に役に立つのかと当初は疑問に思ったが、何人かのブログを閲覧していると意外と共通点は多い。
・外国に旅行に行く事。(中でも世界一周が多かった)
・車を買う。
・仕事で成果を上げる。
・お金を沢山稼ぐ。
・好きな物を際限なく買う。
これらを彩乃に合わせてリサイズすればいい。彼女のおおよその性格はこの間の喫茶店で把握している。
沢山の選択肢から澄人は候補を見つけて検討を重ねた結果、プランを作った。
そして今、彩乃に向けてメールを送信した。
まだリミットまで時間があるのにプランを決定してしまうのは勿体ないのではないか。その疑問が何度も脳内で反芻したが、どうにか押さえ込む。
携帯電話の画面が送信中から送信完了へと変わる。とてつもない開放感が雪崩となって澄人を襲う。
「あぁ〜」
体を大の字にして携帯電話を手から離す。体から一気に力が抜けた。
もう送ってしまったのだ。彩乃がどういう結果を出すにしろ、今はこの開放感を味わおう。
雪崩を味わいながらそう思っていると、手放した携帯電話がメールを受信した。背面のサブディスプレイには[和倉 彩乃]と表示されている。その名前を見た途端、抜けていた体に力が戻る。
「ふぅ〜」
口を膨らませて体内の二酸化炭素を吐き出す澄人。まさかこんなに早く返信が来るとは思っていなかったので、内容を確認するのは躊躇われた。だが、今開こうと朝開こうと、奇跡でも起こらない限り、内容は変わらない。そしてそんな都合の良い奇跡など起きない事も澄人は知っている。
よって、このまま点滅する携帯電話を無視して眠りにつく事は不可能。
澄人は観念して手放した携帯電話に再び手を伸ばす。人工的な明かりに目を細めながら、慎重に受信メールを開いた。
彩乃からの返信は二文字だけ。
【採用】
その文字を目で捉えて脳が意味を認識する。それが合図となって、澄人の両目は重くなり、視界を閉じてやがて完全な暗闇になった頃、彼の意識は夢へと落ちていった。
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