「第2章 救けてしまった責任と義務」(3)
(3)
学校に到着して教室が近付くにつれて、その重さはより強くなっていく。
自分が止めてしまった事で警戒して学校には来なくなるのかも知れない。
いや、それだけならまだいい。
こちらが止めた後で今度こそという気持ちで、自殺を決行した可能性だってある。彩乃の栞はかなり濃かった。あの瞬間は救けられてもすぐその後に決行しても嘘ではない。
緊張しながら教室のドアを開けると彩乃は既に登校しており、自身の席に座り突っ伏して眠っていた。彼女が登校してくれた事に安堵しつつ、澄人は自分の席に座る。そして、今日一日の授業の用意をしていると、前の席にいる前野が話しかけてきた。
「おー、澄人。昨日はホームルーム終わった瞬間、教室飛び出してどこに行ってた?」
「あ、ああ……。ちょっと急いでて」
昨日は屋上から教室に戻ったら前野の姿はなく、彼は帰っていた。どう言い訳をしたらと考えていると右側の席の佐川(彩乃とは反対側)が話に入ってくる。
「いや、本当。澄人が飛び出していくからさ。めっちゃビックリした。大体、昨日掃除当番だったからな? 何で俺が代わらなくちゃいけないんだよ。あれか? 先生に呼び出しでも受けた?」
「いーや。掃除当番代わってくれてありがとう。教室に戻ったら皆、掃除終わってて焦った」
「コーラ奢ってくれたら許してやる」
素直に謝られた佐川が笑いながらそう要求する。それに対して前野が眼鏡を拭きながら「いや、たかが掃除当番の一回でコーラまで奢る必要はない」とサラリと流す。
「なっ⁉︎ そこは前野が決める事じゃなくない? 澄人が決めるんだよ。なぁ?」
「でも確かに言われてみると、コーラ奢る程でもない気がする」
「えー」
前野に言われて冗談っぽく顎に手を当てて、答える澄人。それに佐川は口をへの字にする。その反応が面白くてつい笑ってしまった。
「ウソウソ。本当に奢るよ。実際、助かってるから」
「やった〜。あんがと澄人」
澄人の了承に両手を上げて喜ぶ佐川。朝からコーラ一本奢るだけで、よくもそこまでテンションを上げられるものだと澄人は彼の無邪気さに感心する。
そのおかげでまだ若干残っていた重さが取れていた。
この重さを佐川が取ってくれたと考えれば、コーラぐらい安い。
澄人本人が了承した事でこれ以上、口を挟む余地はないと判断したのか、前野は横目でこちらを軽く一瞥するだけで、特に何かを言う事はしなかった。
代わりに本来の話題を口にする。
「それで? 昨日はどこに行っていたんだ?」
「それは……」
口ごもる澄人。そんな彼に二人はじっと視線を向ける。コーラで上手い事、話が逸れたと思っていたのに、そう思っていたのは自分だけで、二人はずっと聞きたがっていたのだ。どうしよう? まさか本当の事を話す訳にはいかないし。
そう考えていると、澄人が背中を向けている彩乃がムクッと起き上がった。
「あのさ、三嶋君」
「え?」
名前を呼ばれて反射的に振り返る。今まで会話したことがない彩乃に声を掛けられた事で追及していた二人も思わず固まってしまった。
「ちょっと来て」
彩乃はそう言って、席から廊下に出た。こちらの返事を聞かずに行動する彼女に澄人は慌てて立ち上がり廊下に出る。
廊下にはホームルームまで時間があるので、多少の生徒の姿が見えた。
「今日の放課後、付き合ってほしい。話がある」
「ああ、分かった」
澄人は彩乃の呼び出しに頷く。
「ありがとう。詳細な場所はメールで送る。三嶋君、学校に携帯持って来てる?」
「持って来てる。連絡先、交換しておこう」
彩乃はブレザーの内ポケットから白い二つ折りの携帯電話を取り出した。ストラップも付いておらず、真っ白な携帯電話だった。
澄人も携帯電話を取り出して、二人は赤外線機能を使って連絡先を交換する。
「じゃあ」
自身の携帯電話に連絡先が登録されているのを確認した途端、彩乃はそう言って教室に帰る。同じ場所に帰るのに「じゃあ」ってのは、中々に冷たい。
教室のドアを開けて中に入る彩乃の背中を見て、そんな感想を抱いた。彼女に遅れて教室に戻り、席に着く。反対側に座る前野と佐川は目で事情を教えろと訴えってくるが、それに手を合わせて苦笑いで返す。
これだけでも取り敢えず二人は何かしらの背景は察してくれるはずだ。流石に彩乃が隣に座っている以上、(彼女は起き上がり、授業の用意をしている)話す訳にもいかない。
澄人も彩乃に倣って授業の用意を始めた。それが合図のようにチャイムが鳴り、担任が入って来る。クラス全員が立ち上がり挨拶をする。決められたロボットのように入学してからずっと変わらない決められた儀式。
昨日と変わらない挨拶を交わして着席する。授業中、澄人は今日の放課後も佐川に掃除当番を代わって
もらわないといけない。そんな事を考えていた。
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