第37話 テストを受ける

「では、そろそろ始めましょうか。時間は1時間です。早く終われば、そのまま退室してくださって構いません。あと監視として私、ヘサが付きますが、不正対策ですのでご了承ください」


「は、はい」


「…本当に大丈夫ですか?」


 俺がプルプルしているせいで、ヘサさんに心配をかけてしまっているようだ。何と言い訳をしようか…!


「いや~、使い慣れてなさそうなペンだったから心配で…」


 …我ながら苦しい言い訳だーーーー!!!


「あぁ、文字を書ける方からはよく言われますね…。筆記具にも色々ありますし、細かな契約をしなければいけないような職業の方でなければ、なかなか羽ペンとインク瓶を持って歩く方はいらっしゃらないですし」


 つ、通じたーーーーー!!!

 ああ、でも分かる。瓶が割れたら荷物が大変なことになるものな。


「もし、ご用意させていただいているペンが使いづらければ、口頭で答えていただいて私が代筆させていただく事も可能です。その場合には、もう一人監視を付けることになるので、今日中に試験を受けるのは難しくなりそうなのですが…」


「えっと、名前を書いてみて駄目そうだったら日を改めてもいいですか…?」


 ひとまず撤退を視野に入れて動こう。慎重に行動するんだ。


「はい。大丈夫ですよ。伏せられている問題用紙を裏返してから1時間が経ちましたら解答用紙を回収させていただきます。無理そうでしたら、おっしゃってくださいね」


 なんか親切すぎる…。綺麗なお姉さんが親切にしてくれたら勘違いする人もいるんじゃないだろうか。調子に乗った荒くれ者がトラブルを起こしたりとか。


 心配になったので聞いてみることにした。


「何でそんなに親切なんですか?怖い冒険者が調子に乗ったりとかしたら大丈夫なんですか?」


 ヘサさんは、きょとんとした顔でこちらを見た。それから納得したのか「ああ!」と言って笑った。


「もしかして心配してくれました?ふふ、リッカ様は優しいですね」


 ヘサさんが時計を見る。


「そうですね。時間も余裕がありますから少しお話しましょうか。私たち受け付け業務を担当している者は、詳しくは言えませんがギルドとの契約魔法に守られていますので基本的には安全なのですよ。更にここだけの話、高ランク冒険者と接する機会も出来るので女性が就きたい職業として人気があります」


 そう言って茶目っ気たっぷりにウィンクを見せてくれる。可愛い。


「へ~!そうなんですね」


 こっちの世界でも高ランク冒険者はカッコいいって認識ということか。つまり、ランスは既に実力を認められていると。すごく注目されてたし、あわよくばなんて考えている人もいるだろう。


「ただ、知識はもちろんのこと、ある程度の戦闘力は求められます。リッカ様もこの試験に満点に近い結果を出せれば受け付け嬢に転職できるかもしれませんよ?」


「はぁ、なるほど…って、それじゃ…!」


「はい!余程特殊な経歴をお持ちの方じゃない限りは、初級冒険者の方に遅れを取ることはありません」


 そうか。あんまりしつこく手を出したらぼこられるやつだ。怖っ。


「それに、殆どの方は始めは真面目に仕事をされますから。ランクを上げていって、だんだんと横柄になっていく方はいますけどね」


 そう言ってヘサさんは困ったように笑う。きっと何かあったんだろうな。こう、小説とかでも受け付け嬢に絡んでいく小物感あふれる脇役が必ずいるし。


「さあ、そろそろ始めましょう。あまり遅くなるとよくないですから」


「あっ、はい!すみませんでした」


 ひとまず問題用紙を裏返す。それを確認したヘサさんは少し離れた場所にある椅子に腰を掛けた。


 よし、まずは名前だ。

 ゲームや小説の挿絵でしか見たことがないペンなんて初めて使うから不安だ。そう思いながらペンの先をインクに浸す。


 すると、不思議な感じがした。


 初めて持った感じがしないのだ。まるで、ボールペンや鉛筆、シャープペンシルを持ったときみたいな馴染み具合だ。これは期待できる気がしてきた。


 次に、自分の名前を書いてみる。これもスルスルっと書くことが出来た。


 うっかり「ふおぉぉ…」と声を漏らしてしまって、ヘサさんが怪訝な顔で俺を見ている。取り敢えず愛想笑いで誤魔化した。


 あとは問題がどんなものか。


 問い1.初級回復ポーションに使われる薬草の名前と特徴を答えよ。


 …………うん、分からん!


 どどどどどどうしよう!文字は書けても頼みの綱のティーがいない!やっぱりカンニングは許されないのか!?いや、良くないんだけどさ!でも俺とティーは二人で一つみたいなもんだし…!


 頭の中で酷い言い訳をしていると。



『リッカ~。今から答えを言いますので書いてくださ~い』


 ガタン!


「いてっ」


 窓の外から聞こえたティーの声にびっくりして机に肘をぶつけてしまった。またヘサさんと目が合ったので肘をさすりながら2度目の愛想笑いをしておく。

 視線だけ窓の外に向けると、そこにはスモーメ(スズメっぽい小鳥)の群れが木に留まっている。一番上の羽を振っている子がティーだろう。


 こっちから声は出せないけどいけるのか?そもそもそこから問題用紙が見えているのだろうか。


『ふむふむ、初級回復ポーションですね。答えは緑手草(りょくしゅそう)です。別名ヴェルデ・マノ・グレース。もう一度言いますね?答えは……』


 ちゃんと見えていることに驚く暇もなく慌てて解答欄を埋める。

 俺がついていけるように、ティーがゆっくりとした口調で喋ってくれるので余裕を持って書き込めた。


『次に特徴ですが…ここは箇条書きでいきましょう。では一つ目。葉の形が、広げた掌に、似ている。二つ目。葉を、潰した際に、清涼感のある、強めの香りがする。三つ目。山野の、日当たりの、よい場所に、生える。四つ目…………』


 ちょっと多くない?と思いつつも懸命にティーの言葉を頼りに手を動かす。


『…………ヴェルデ夫妻が研究したのが緑手草であって、別名の由来はここから…ってあれ?解答欄がいっぱいになってしまいましたね。それでは次の問題にいきましょう!』


 ティーは楽しそうだ。きっと勉強が好きなんだろうな。

 ただ、時間内で終わるのかだけが心配だ。1問目から既に手も痛くなってきたし。

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