第35話 ギルド行こうぜ!

 部屋やら海やらに驚いていたランスも徐々に再起動するのが速くなってきた。

 そう、人は慣れる生き物だ。今ではマイホームを完全に異次元だと思うようにしたみたいで、何が起こってもおかしくない場所認定されてしまった。


 まあ、俺にとってもビックリ空間だから異論はない。


 ランスの平常運転っぷりに俺もつられて落ち着いてきて、他の事を考える余裕が出来てきた。

 例えばご飯の事とか。街に入ってからまだ何も食べてない。


 そういえば海か…。海を見ていたら海鮮丼が食べたくなってきた。悲しいかな…、俺の大事な煩悩の一つが仕事をしなくなったから、シーサイドロマンスの妄想一つも浮かんでこない。食欲はしっかり仕事をしているのに。


 …やめよう。どうにもならないことを考えるのは。


 それよりも、外に出られるか気になるところだ。ティーは窓から出ていったし出られないことは無いと思うけど。

 海に出られたら魚釣りとかで自給自足が出来るんじゃないだろうか。

 問題はマイホーム外の海に魚がいるかどうか分からないことと、俺に釣りの経験が無いことか。



「ランスってさぁ、釣りとかしたことある?」


「釣りは嗜み程度だな」


「そうなんだ。なんか意外。あ、嗜み程度でもやってみたら大量に釣れるとか?」


 俺はランスが槍一本でモンスターを仕留めていたのを思い出して、あの正確さと器用さ、気配察知能力が有れば釣りも楽勝なんじゃないかと思っている。


「釣りは得意じゃない。昔、リリアナに誘われて競った事が有るんだが、一匹も釣れず完敗した」


「へえ~」


 ランスにも苦手な事があるんだ…と思いかけたけど、リリアナさん大好きなランスがやりそうなことを思いついてしまった。


「ランス、本当に真面目に釣りした?リリアナさんばっかり見てたんじゃなくて?」


「…………。今思えば湖を前にしたリリアナしか思い出せないな。青空と湖面の光を背にして笑うリリアナは天使だった」


「やっぱり。じゃあ俺と同じでやったことないのか~。ちょっとやってみたかったんだけどな」


「足がつく場所でなら槍一本あれば獲れるが…。やってみるか?」


「ワイルドだね。うん、やめとく」


 槍で獲るとか、やる前から出来る気がしない。釣竿を使わないなら結界のスキルを応用した方法を考えた方が獲れるんじゃないだろうかと思う。


 どうすれば結界で魚が獲れるか考えていたら、窓枠の端からティーがチラチラとこっちを見ていることに気が付いた。いつの間にか帰ってきていたらしい。窓は閉めていないのに入ってこないのは何故だろう。


「ティー?おかえり。どした?何で入ってこないの」


 声を掛けるとティーは目合わさず、おずおずとした様子で部屋の中へ入ってくる。前に動画で見た飼い主に怒られた小動物みたいな反応だ。女神様と何かあったんだろうか。まさか、ランスの件で悪い知らせが…!?


「ティー?女神様は…、何て?」


 覚悟を決めて聞いてみる。

 するとティーは俯いて羽で顔を覆ってしまった。彼女の体はかつて無いほど震えている。


 そんな…。そんなまさか…。ランスは助からないのか…?


「ティー…嘘だろ?なんとか言ってよ…!ティーってば!」


 さっきまで落ち着いていたのが嘘みたいに焦りや恐怖が混ざったような訳が分からない気持ちになって、つい責めるような口調でティーを問い詰めてしまう。


「リッカ。落ち着け」


 ランスは相変わらず落ち着いている。なんでそんなに落ち着いていられるんだ。


「だって…!」


『ごめんなさい!早とちりでした!何も問題ありませんでした!』


 羽で顔を覆ってワーとかキャーとか叫びながら、駄々をこねる子供みたいに地団駄を踏むティー。


「え?ちょっとまって。早とちり?」


『恥ずかしい!恥ずかしいです~~~~!もう!もうっ!私のバカバカ!何年使徒をやってたんですか!』


「ちょ、ティー?ちょっと」


『少し考えれば分かることだったのに~~!こんなっ!フォーグガードの事なら何でも任せてみたいなこと言って…!恥です!一生の恥です!』


 どうやら、ティーが顔を合わせなかったり顔を隠していたのは恥ずかしかったかららしい。

 ティーが人間ならリンゴみたいに赤面しているんじゃないだろうか。


「う…うんうん!大丈夫!ティー!誰でも間違いはあるもんだよ!友達の事だったし焦っちゃんたんだよね!?大丈夫だから一旦、いったん落ち着こ!?」


 ランスに宥められていた俺が今度はティーを宥めている。こっちに来てからというものの感情面が忙しすぎる気がして仕方がない。


「そうだ。リッカの言うとおりだ。落ち着いて話をしよう。さあ、深呼吸を。吸ってー、吐いてー」


『すー…はー…、すー…はー…』


 いや、ランス。お前は落ち着き過ぎだと思う。







 深呼吸で幾分か落ち着いたティーは今、俺の肩に乗って、未だに自分のものとは思えていない俺の長い髪の中に隠れている。まだ恥ずかしいようだ。

 そこから蚊の鳴くような声が聞こえる。


『あの、見苦しい所をお見せしてしまって本当にすみませんでした…』


「ううん。俺の方こそ、きつい言い方してごめんな?」


『いえいえ…!私も恥ずかしがらずに、すぐお伝えできれば良かったんですけど…、あまりにも情けなくって。えっと改めて聞いてもらっても良いですか?』


「うん!聞かせて」




 俺の髪から出てきたティーの話によると、ランスはこの先1年半は大丈夫らしい。ただ、大丈夫といっても因子が零れていく過程で徐々に精神と肉体に影響が出る。主に体が上手く動かせなくなったり、記憶が混濁したり失われたりという症状が出るようだ。

 そして、それとは関係なく俺たちが無事に頼まれた仕事をこなせればランスのスキルも零れた因子も元通りになる。アフターケアもばっちり仕様だった。

 ランスがスキルを失ったのは十中八九、日月さんが原因で間違いないからだ。


「そのリミットが1年と半年ってこと?」


『はい。それを超えると戦闘どころか生活もままならなくなる可能性があります』


 俺とティーは少しの沈黙の後、顔を見合わせて笑った。


「なんだー!それじゃあ、余裕を持って1年以内に仕事終わらせれば完璧じゃん!」


『はい!女神様も目的が果たせますし、ランスも辛い思いをせずにすみますね!』


「ランス聞いた?ってティーの言葉は分からないのか…。えっと、1年と半年は大丈夫だから、それまでに仕事終わらせなきゃ!成功すればランスのスキルも戻ってくるって!」


「…………スキルは、戻ってくるのか」


「え?うん。戻ってくるって」


「そうか。……はぁ~~~~~。それが知れて、良かった」


 姿勢を正して椅子に座っていたランスが思いきり溜息を吐きながら、背もたれに体を預ける。目の辺りに腕をやっているので表情は見えないけど、安心したことは声の感じから伝わってきた。

 冷静に振る舞っていただけで不安だったのだろう。


 姿勢を崩したのは十数秒。その後はいつものランスだった。


「私のせいで大切な人達が迫害を受ける心配はないんだな…。リッカ、ティー、ありがとう」


「いやいや、俺は何もしてないから。ティー、お疲れ」


『いえいえ!始めに引っかき回しちゃったの私ですし…!それに、まだ解決してませんよ!心配事が解決したので、改めて皆で協力してフォーグガードを救いましょう!』


 そう言うとティーは机に着地して、両の羽を上に広げて見せた。


「そうだな、そうと決まれば行動あるのみだよな!ということでランス!ギルド行こうぜ!」


 こうして、解決の糸口を掴んで上機嫌な俺たちは空腹も忘れてマイホームを後にしたのだった。

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