第34話 魂の空洞

『な…なんで。なんで無いんですか!?おかしいです!無くなるなんて絶対おかしいです!』


 混乱したようにティーが翼をバタバタと暴れさせる。「なんで」「おかしい」を繰り返すティーをどうにか宥めなくては…!


「ちょっ、落ち着いて!ティーには何が見えてるの!?分かるように話して!」


『あ…、あぅ…。ごめんなさい…。こんなこと起こっていいはずがなくって…どうしましょう…!このままじゃランスが…』


 うろたえるティーを安心させるために、彼女をそっと両手に包み込む。


「大丈夫!…かどうかは分かんないけど大丈夫だから!俺たちにも分かるように話してよ。何か出来るかもしれないじゃん?」


「何を言っているかは分からないが、私もリッカと同じ気持ちだ。困ったことがあるなら力になろう」


 ランスも一緒になってティーに声を掛けてくれる。

 少しずつティーの震えが収まってきた気がする。もう一度、「大丈夫だから」と言うと、やっと彼女と目が合った。


『わ…私は、これでも使徒の端くれだったので、力は使えなくても見ようと思えば人のスキルを見られるんです。可視化されたスキルは普通は白くて、封じられたスキルは灰色に見えるんです…』


 しょんぼりと話すティー。俺だけでは足りないかもしれないからランスにも情報を共有しようと声に出して確認することにした。


「うん。ティーはスキルが見えると。で、スキルは封印されるだけで無くなることはない。…うん?ティーは無いって言ってたよね?それってランスのスキルが跡形もなく消えたってこと?」


『はい…ぽっかりと空白が出来てます…』


「…ふむ。ティーの取り乱しようだと、ただ無くなった、というだけではすまなそうだ。別に影響が有るのではないか?」


 ティーの体がまた少し震え始めた。


『そう…そうなんです。今のランスの魂は欠けた状態なんです。そこから少しずつ…、少しずつ、ランスの魂を構成している因子が零れて…。最終的には…、魂が崩れて…壊れて…しまうんです』


「…っ」


 血の気が引くような情報に言葉が詰まってしまう。思わずランスを見てしまうが彼にかける言葉が見つけられない。


 だって、それって、ランスが死ぬってことだろ…。


「その反応からして…、私は死ぬのか?」


 内心が荒れに荒れている俺たちとは対照的に、ランスは淡々とそう言った。

 何も言えないでいると、彼は普段と変わらない感じで言う。


「気にするな。私は戦士だ。死はいつでも隣にある。…といっても、戦場以外でこのような事になるとは思っていなかったが」


「ランス…」


 何か言わなきゃいけないのに、何故か泣いてしまいそうな気分になってきた。辛いのはランスなのに。いつも頼りになるティーも今回ばかりは泣きそうな目をして黙り込んでしまう。


 そんな俺たちを見てランスがおどけた調子で笑った。


「全く…。ティーもリッカも少し落ち着け。私はまだ生きているだろう。これでは私がもう既に死んでいるみたいじゃないか」


 そうだ。そうだった。落ち着かないと。ランスはまだ元気そうじゃないか。

 これが日月さんや禁術に関係ある件だとしたら解決できるはずだ。俺はそのためにフォーグガードに来たのだから。

 ぼやけかけた視界を元に戻すために、袖で乱暴に目元を拭い深呼吸する。


 ティーを見ると、彼女も俺と同じように翼で目を擦っていた。


『すみません。もう大丈夫です…!絶対にランスを死なせたりしません!女神様と直接お話をしてきます!』


 そう言うなり、ティーは窓から勢いよく飛び立とうとして…。





『………あの、窓を開けてもらってもいいですか?』


 なんだか格好付かない感じに3人して笑ってしまった。





「ほら。頼んだぞ、ティー!いってらっしゃい!」


『はい!気を取り直していってきます…!』


 窓を開けてティーを見送った俺は、ランスと何を話せばいいのか分からなくて、ティーの姿が見えなくなってからも窓の外を眺め続けた。以前と違って今日の景色は海だった。どうやらマイホームの外の景色は定期的に変わるみたいだ。寄せては返す波の音がざわついた気持ちを落ち着かせてくれる。


 異世界に住む人みんながランスのような考え方をするのかは分からないけど、彼はいつか来るだろう将来の死を意識して生きていると知った。


 俺は、そんなこと考えて生きてたこと無かったな…。


 戦争のない国に生まれて、人との関わりも最低限。ただ漫然と日々を過ごして、無意識に明日も自分は生きていると思い込んで。一人ぼっちで生きることにも慣れてからは特に大きなトラブルもなく、ダラダラ過ごすことが多くなっていって…。今考えてみれば、とても贅沢な時間の使い方をしていた気がしなくもない。



 ふと備え付けの壁掛け時計を見ると思いの外長く考え事をしていたようだった。そろそろランスと話をしよう。

 気合を入れて振り返る。


 振り返った先のランスは固まっていた。視線は窓の外だ。


「…………」


 あ、分かったぞ。その顔は見たことある。


「もしかして、海、びっくりした?」


 ランスは静か視線をこっちに向けて頷いた。


 完全に感覚麻痺してたけど確かに驚くわ。これは。

 女神様達が用意してくれたこの空間、どんだけ広いんだろうか。

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