第33話 ランスの事情
キッチンの説明を終えた俺たちは、休憩しつつ今後についての相談をすることにした。
飲み物を選んだりしている間にティーは休憩場所の止まり木で寝落ちしてしまったみたいだ。色々あったから疲れてしまったんだろう。
「えーと…何から話す?」
会話のキャッチボールに慣れていない俺は、ひとまずランスに主導権を丸投げしてみることにした。
「………」
「ランス?」
ランスは手に持った自販機の紙カップを見つめたまま、じっと動かない。美味しくなかったのだろうか。
無理して飲んでお腹壊したら駄目だし、他のものに交換した方がいいのかもしれない。そう思って腰を上げようとしたときランスが神妙な面持ちで顔を上げた。
「リッカ。少し長くなるが、君に言わなければならないことがある」
「?…え、それってどんなこと?」
とても深刻そうな表情だ。飲み物の話は置いておいた方が無難そうな気がする。
俺は浮かせかけた腰を下ろして話を聞くことにした。
「えーっと。要するに、ランスは砦で住み込みで働いてて、よく分からないけど砦から放り出されて、何かすごいスキルを授かってたんだけど、砦がおかしくなったあたりでそのすごいスキルを失くしたってことでいいのかな?あと、リリアナさんていう奥さんがいる」
俺のざっくりとした要約に、若干なにか言いたげなランスが頷く。
「…ああ。大体はそのような感じだ。付け加えるならリリアナはまだ妻じゃない。婚約者だ」
「えっ!そうなの?リリアナさんと一緒に住んでるっていうし、新婚さんなのかと思った。その人の話になると顔が生き生きしてるし、めちゃくちゃ大好きオーラ出てるし?いや~、リリアナさんに関することだとランスは分かりやすいのな」
ちょっと悪戯心が湧いてニヤニヤしながらそういうとランスが顔を赤らめた。いい!こういうの友達っぽい!
「改めて指摘されると少し恥ずかしいな。だが同僚にもよく言われる。まだ結婚してないのかとな」
その理由を聞いてみたくなったけど、いまひとつどこまで踏み込んでいいか分からなかったので本人に直接聞いてみることにした。
「え~…、それって俺が聞いちゃっても良い話?」
ランスは笑っているけど寂しそうな、複雑な表情をした。
ああ、しまった。それはそうだろう。大切な人の安否が分からないのだから。今の質問は不謹慎だったかもしれない。
「ああ、是非とも聞いてくれ、と言いたいところだが…。君の使命が終わってからでもいいだろうか?」
「あ…うん。えっと、なんか、ごめんな」
少ししんみりしてしまった空気を一緒に飲み干すみたいにランスがカップの中身を一気にあおった。カップを置いた彼は大きく息を吐いた後、顔を上げて笑ってみせた。
「その時は覚悟しておいてくれ。リリアナの事に関しては話し始めたら長いと同僚からも指摘を受けるぐらいだからな」
気を使ってもらってばかりな気がする。でもそれを顔に出してしまうと、空気を和ませようとしてくれているランスの行動を台無しにしてしまうかもしれない。湧きあがってくる自己嫌悪に蓋をして、俺も笑った。
「うんうん!聞くよ。どのくらい長いのかは知らないけどさ!」
ランスが得意げに笑う。
「最長一晩だ」
「え」
…嘘だろ。冗談、だよね?
「さあ、話を戻そうか」
「あ、うん」
流された。めちゃくちゃ流された気がする。
まさか、リリアナさんの話をしたくてたまらないのを我慢したから、あんな複雑な顔をした訳じゃないよな?
まさか…まさかな!?
「私の話を聞いて表情を変えなかったところを見ると、リッカはスキルを奪われるという話を聞いたことがないという認識で構わないな?」
「うん。多分」
「スキルを奪われる人間は大体が悪人ばかりだ。俺の存在は君の使命の邪魔になるかもしれない。神子の側にスキルを取り上げられた人間がいるのは外聞が良くないのは分かるな?」
ランスの言いたいことは分かったけど、俺としては納得できない話だった。ランスが悪人ならどんな人が善人なんだ。世の中ほぼ悪人になっちゃうぞ。
「えー?でもなぁ、スキルを奪われる…?女神様、そんな話してたっけ?なんちゃらの…い、因子?だっけ。そんな記憶しかないけど」
必死に女神様との話を思い出そうとするものの、あまりにも思い出せる記憶がない。最後の方は疲れてて難しそうな話は頭に入ってこなかったからな。そのせいで俺の大切な男の子の部分が消えてしまったわけだけども。
…その話は置いとこう。それで、ランスの話が本当だったとして、ランスが実は悪い奴だったとして、そんな人を女神様が頼りになると評価するだろうか。
こうなれば頼りになるのはティーしかいない。寝ている彼女を起こすのは心苦しいけど仕方ない。
ティーの頭を優しく撫でながら呼びかける。
「ティー。ティー?ほんとゴメンだけど起きてー」
むにゅむにゅと言いながらティーがもぞもぞと体を動かした。
それから動きがとまった。数秒待ってみる。気持ち良さそうに寝ている姿にほっこりしてしまう。
いつの間にかランスもティーを覗きこんでいた。
「「……」」
『…………』
「起きる気配がないな」
「うん、そうだな…。どうしよう」
ランスと話していると、ティーの目が薄っすらと開いた。ショボショボと瞬きをしている。目が覚めたみたいだ。
『うにゅ…。……はっ!?どっ、どうかしましたか!?』
俺たちが二人揃って眺めていたせいかティーが大慌てしている。本当に申し訳ない。
「起こしてゴメン。ちょっと聞きたいことがあってさ」
『あっ、そうだったんですね?私の方こそ、つい気持ちよくって眠ってしまって申し訳ないです…!』
「いやいや、ゆっくりさせてやれなくてゴメンな。聞きたいことっていうのがさ、女神様って人のスキルを取り上げるのかどうかなんだけど…」
ティーが首を傾げる。
『んー…?取り上げることは出来ない筈です。魂保護の原則に抵触した人に関しては、組み込まれている因子によって封じられるだけで、実質のところ消えてはいませんよ。スキル自体は生まれた時点で最初から色々と与えられていて、それを習得するに至るかは本人次第なんです。ですので、もし封じられたとしても改心して努力を重ねれば違う生き方も出来るようになってるんですよ。……まあ、それが出来た人は限りなく少なかったですが』
「へぇ~!じゃあランスのも消えてないってこと?ランス、砦から放り出されてスキルが使えなくなったらしいんだけど」
『そんなまさか~!ランスみたいな人が魂に影響を及ぼす程の行為に手を染めるはずがないじゃないですか…って、あれ?あれあれ?』
ティーは半信半疑の眼差しでランスを見つめて、目をぱちくりさせた。
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