第32話 新機能2
自販機を眺めていたら甘いものが飲みたくなってきたので、試しにポチっとココアのボタンを押すと、カコンとカップが落ちてくる音と懐かしい機械的な音が響き渡る。懐かしいと言っても、まだ数日しか経っていないけれど。
飲み物の取出し口が開き、ココア独特の甘い香りが漂ってくる。大きく息を吸い込み匂いを堪能する。最高だ…。
カップを手に取ったところでランスを放置していたことに気が付いた。きっとランスものどが渇いているだろう。
「あっ、ごめん。ランスは何にする?タダで飲み放題!」
「……」
振り返るとランスは、カードキーを手に持ったまま信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。こちら、というよりも自販機の方か?
「あ、あれ…?」
元いた世界で学んだことと言えば、場の空気を読むことぐらいだった。おかしな空気にしてしまうのを回避ができた例はないけど、おかしな空気になったことぐらいは分かる。
「ごめん、俺、なんか変なことやった?」
「いや…、この場限りでいえば私がおかしいのだろうな。いろいろと聞きたいことが多過ぎる…」
『ふふふ、そういえばそうですね!私は女神様と情報を共有していますので、その場で解説が出来たりするんですけど、こちらの世界には無いものばかりですよ。私も初めて見たら驚いちゃうと思います』
そういえばそうだった。
俺にとっては馴染み深過ぎて全く気にしてなかった。
だよな!俺でも異世界転生ものじゃない剣と魔法の王道ファンタジーなゲームや小説に新しい現役の自販機が現れたら違和感半端ないわ。
想像してみたら分かる。石畳の道、ローブを着た魔法使いと大剣を背中に差した剣士がそこを歩く。道に並ぶファンタジーなお店。鍛冶屋さん、魔法の薬屋さん、魔法の道具屋さん、魔法の本屋さん…道端に鎮座する自動販売機。いや、おかしいだろ。急なテーマパーク感にツッコミを入れざるを得ないわ!少し考えれば分かることだった。
「あー、びっくりさせたよな。ごめん。これ、俺のいた所では普通だったんだ」
「このような装置が普通…!?君は一体…。いや、これもそうだが、この謎の素材で出来ているカード…キーとは何なんだ?」
ランスが不思議なことを言い始めた。
…待て。
思えば、カードキーを受け取ったとき、何回も裏返して観察していたっけか。そんなにカードキーって珍しいのか?異世界の冒険者ギルドカードって無駄にハイテクな印象だったのになぁ。そう思い、ギルドカードについて聞いてみるとランスが実物を出して見せてくれた。
そのカードはカードキーの4倍くらいの厚みがあり、素材のせいかまあまあ重みもある。そして、おそらく冒険者ギルドのマークであろう模様が表に彫られている。裏にも魔法陣っぽい円形の模様が彫られていた。
「…想像してたのとちがう。どうやって使うの?」
「裏の彫刻があるだろう?それは冒険者の情報を登録する魔法陣で、達成依頼の記録にも使われる。使い方としては、ギルドの記録と読み取り専用の魔道具の上に乗せる」
「へー、なんかもっと自動で記録とかしてくれるのかと思った」
「そうなれば便利なんだろうが、見たところ今の魔法陣では容量の問題で犯罪の自動記録、破損防止のための衝撃軽減までが精一杯だ。噂によれば魔法陣構築士と魔法彫刻士の育成も捗っていないみたいだな。試作を作るのも難航しているらしい」
「そうなんだ。ランス、魔法陣にも詳しいの?」
「そうでもない。魔法陣構築士を目指している身内に教えてもらっただけで、知識としては少しかじった程度だ」
「へえ~。なんかランスの身内なら余裕でなれちゃいそうだな」
かじった程度の知識で魔法陣の容量なんて分かるのか。多分、ランスの少しは少しじゃない気がする。それを教える身内とやらも、理解してしまうランスも相当ハイスペックなのでは。ハイスペックは遺伝するものなのだろうか?
魔法陣を観察しながら「魔法陣構築とか魔法彫刻とか難しそうだな」と言うと、ティーが補足を入れてくれた。
『難しいのは確かですね。魔法彫刻の原型を作った方は転生者だったんですよ。実際は魔法陣の構築と彫刻まで一人で出来るスキルを持っていたようです。ただ、その方の技術を基に構築と彫刻を分業して開発した魔道具ですから、なかなか人材が集まらないですね。魔力が高いだけでは駄目ですし、技術力があっても魔力が少ないと厳しい世界ですから…』
話を聞いた感じでは、転生ラノベ世界みたいに都合良くはないみたいだ。
それにしても、ランスは色々な事を知っているな。加えてティーが補足を入れてくれるので俺もいずれはフォーグガードマスターになってしまうかもしれない。…いや、無理か。古い知識から忘れていきそうだ。
フォーグガードルーキーの俺は、この世界の常識が分かっていないので変なことを言ったり仕出かさないように気を付けなければ。悪目立ちはしたくない。
「うん。なんか、いろいろと大変なことは分かった。取り敢えず、外で行動するときは動く前に二人に相談していいかな?」
『お任せください!』
「ああ。困ったことがあればいつでも相談に乗ろう」
二人には迷惑を掛けてしまうけど、こちらの世界に慣れるまでは助けてもらおう。
ティーとランスに礼を言いつつ、ランスのギルドカードを返却する。
「じゃあ、ランス。悪いんだけど、びっくりついでにキッチンの方も見といてくれるかな?使い方教えるから…」
「ああ。よろしく頼む」
キッチンに入ったランスは、俺の予想通り絶句していた。
こっちの事は俺が助けてあげられそうで、ちょっぴり安心したのは秘密だ。まぁ、ランスならすぐに覚えてしまいそうではあるけど。
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