第30話 ランスロットは恋愛方面に鈍感
現在、私はティーを肩に乗せ衣料品店の外でリッカを待っている。私がいると落ち着いて買い物が出来ないだろうと思ってのことだ。
店の壁に背を預けながら街並みや通りを歩く人々を眺める。待ち時間とはいえ久々にゆっくりした時間を過ごした気がする。
しばらくそうしていると店の中から慌ただしく走る足音が聞こえてきた。何事かと身構えると、リッカが飛び出してくるではないか。
「ごめん、133タビン貸して…!」
「リッカ!?分かった、分かったから頭を上げてくれ」
先程、友人になったばかりの少女が頭を下げている。私は慌てて頭を上げさせた。
彼女の小さな友達も心配そうな声でさえずっている。
眉尻を下げて、おそるおそるといったふうに顔を上げる彼女を見て、少し前のことを思い出す。
始めは今代の神子に仕えるつもりでいたのだった。
しかし、どのような環境で育ってきたのかリッカは友人を作ることが許されない環境だったと知る。申し訳なさそうに体を小さくしている今代の神子は、伝承に伝えられている自信に満ち溢れていた神子とは全く印象が違った。
親族に天罰が下ることがないのであれば、友人になっても全く問題がないように思えた私は彼女の申し出を受けることにした。自然な友人関係を築くには、まだ少し時間がかかるだろうが、リッカが少しでも多くの友人を作れるように友としてサポートしたいと思う。
それは私のような不器用な性質の男よりも、きっと女性の方が適任だったのだろう。こんなときにリリアナが側にいてくれれば…。
「この店のローブだけなら足りると思っていたんだが、気が付かなくてすまない」
確か彼女が売り払っていた物の総額から入場料を差し引いても、おおよそ950タビンあったはずだが勘違いだったか。可哀想なことをしてしまった。
私が財布を取出していると。
「うう、ごめん。ちょっと下着とかも買わないといけなくてさ」
「そ、そうか…」
彼女の明け透けなもの言いに面喰ってしまう。何を買うのか追求するつもりはなかったし、女性にそんなことを言わせる気はなかった。
リッカは無防備が過ぎるところがある。ティーがいたとはいえ森を一人歩きしたり、私のような初対面の相手のそばで普通に使徒であるティーに話しかけたりと、放っておいたらすぐに騙されて悪漢に拐かされてしまいそうだ。
だからといって無知かというと、そういう訳でもない。
通貨の数え方はすぐに理解したし、文字も普通に読めている。今こそ砕けた話し方をしているが、会った当初は敬語も使っていた。それは教育の下地があってこそだ。
彼女は、どのような場所から来たのだろうか。本当に不思議な少女だ。
私は財布から500タビンを取出し、リッカに渡した。
「余ったものは持っていてくれ。流石に所持金0は食事も宿泊も出来ないだろう」
「あっ、あ~…えっと、食事、は確かに…。何か、迷惑ばっかかけてごめんな。絶対返すから!」
リッカの目が泳いでいる。そして、どこか上ずった声音に疑問を覚える。おそらく私に秘密にしていることがあるのだろう。本当に分かりやすい。
だが、私にもまだ彼女に打ち明けていないことがあるのだからお互い様だ。今は見て見ぬふりをしよう。
「気にするな。友達だろう」
そう言って笑ってみせると、たちまち目を輝かせて笑顔になる彼女を眺めていると微笑ましい気分になる。きっと妹がいればこのような感じなのだろう。妹好きをこじらせていた同僚の気持ちが今、少しだけ分かった気がした。
「へへ…、うん!ありがとうな!でも、お金は間違いなく返すから。じゃあ、ちょっと払ってくる」
そう決意表明をして店に入っていくリッカを見送ると、私は再び店の壁に背を預けた。街並みから視線を外し空に浮かぶ流れる雲を眺めながら、これからの事を考える。
ともに行動するなら情報は共有しておいた方がいい。どこかで時間を取り、私が置かれている状況について話しておかねばならないだろう。
リッカが隠していることに関しては、彼女のタイミングに任せるつもりだ。
早く細かな情報を整理してリリアナがどうなっているのか知りたい。それ以上に、焦燥に身を任せてリッカが作ったという穴から砦に侵入してリリアナを砦から連れ出してしまいたい。
軽く頭を振り、考えを打ち消す。これは私事だ。会って間もないリッカを急かすのはお門違いというもの。
目を閉じ、長く息を吐き出して気を静める。
そうしていると、人がこちらに近づいてくる気配を感じた。目を開いて気配の方向を確認すると。
「すみませ~ん」
若い女性が駆け寄ってくる。
何か事件だろうか。
…いけない。つい深入りしそうになる思考を抑える。私は今、一般の冒険者なのだ。疑われるような行動は厳禁だ。
「…何か用だろうか」
「ちょっと道に迷ってしまって~、道案内お願いできませんかっ?」
またか。
カフェへの道が分からないと言う女性は、かなり彷徨い歩いたのか体は不安定に揺れ、頬に赤みが差し、目は潤んでいる。
だが私は友人を待つ身だ。応えてやることはできない。
「すまない、友人を待っているんだ」
「そんなぁ、そこをなんとか…!お友達も一緒でいいですから…!」
必死な様子の女性は引き下がらない。
周りにも人は沢山いるのだが…。私が一番話しかけやすかったのだろうか?
声を掛けられて、そのまま突き放すのも躊躇われる。どうするか思案していると、ちょうど見回りをしている兵士を見つける。
兵士に声を掛けると、何故か微妙な顔をされた。何故だ。
気を取り直して、道に迷った女性を兵士に任せる。女性は死んだ魚のような目で「ありがとうございました…」と言った。そこは安心するところではないのか?ここで生活していて知ったが、この街の兵士の殆どは人柄も体格も良く実力者揃いだ。解せない。
しかし、このように道に迷う者が多いのであれば現在地を示す地図でも掲示板に張り出せばいいのではないだろうか。真剣に役所の意見箱に提案書を入れることを視野に入れ始めたとき、リッカが店から出てきた。
「おまたせー。かなり待ったよな?ごめんな」
私の肩で休憩していたティーがリッカの方に戻っていった。
リッカに目をやると、彼女はローブ姿ではなくなっていた。あれは身を隠すための一時的なものだったようだ。己の気の利かなさを改めて突き付けられた気分だ。
「いや、こちらこそ全く気が利かなくてすまない」
「…気が利かない?ランスが?全然そんなことないと思うけどなぁ。それよりもさ、俺の服、大丈夫?無難?お店の人にも見てもらったけど、変じゃないよな?」
そう言う彼女の服装をさっと確認する。
丈が長めのふんわりとした黒の長袖のタートルネックの上に、黄色の襟の付いた袖なしのジャケット。丈はボレロのように短い。その襟元を大きなリボンで留めている。
下はジャケットと同じく固めの素材で出来た丈の短いキュロット・スカートに、足先はブーツで見えないので判断は出来ないが、厚手のタイツかレギンスを合わせているのだろう。こちらも黒だ。
そして上質なブーツ。何の素材から作られているのか全く分からない。
全体的に動きやすさを考慮したコーディネートのようだ。それでいて、女性らしさも加えられているように感じる。
「ふむ…。そういうものは女性の方が分かると思うが…、私は、よく似合っていると思う」
「そっか!良かった~…。あとはこのリボンだよなぁ…。こういう可愛いの、柄じゃないんだよね」
リッカはホッとした顔をした後、不服そうに襟元のリボンをつまんだ。
可愛いのが柄じゃない?どういうことだろうか。
そういえば、リッカは自分の事を『俺』と言うが、それが何か関係しているのかもしれない。考え過ぎか。…まぁ、趣味は人それぞれということにしておく。
「そうなのか。それならリッカはどういうものが好みなんだ?」
「え?…えーっと、俺の好みかぁ…。なんかこう、無難で目立たないやつかな。人ごみに溶け込めそうな感じの」
「……なるほど」
分からない。
が、頭の隅に置いておこう。
そろそろリッカの泊まる宿を探さねば。
「リッカ、ギルドに寄る前に君の宿を探そう」
「ああ、宿…、宿はいいかな。そうだ。ランス!この街に人気のなさそうな場所ないかなぁ」
リッカが聞き捨てならない事を言い始めた。治安が良いとはいえ、悪党が紛れ込んでいないとは言い切れないのだ。森で襲われそうになったばかりなのに懲りないのか。
「まさか君は、そこで野宿をするなどと言い始めるんじゃないだろうな。森での出来事をもう忘れてしまったのか?」
少し低めの声で言うと、彼女は慌てて小声で言葉を繋げた。
「違う違う!ちょっとスキルの事で目立ちたくないんだって…!」
それに続いて、ティーがリッカにヒヨヒヨと話しかけている。今は私がいるから周りの者も不思議には思わないだろうが、もう少し警戒心を持ってもらいたいものだ。
「マジか…。そんな機能まであるのか。それじゃあランスにも見てもらった方が早いな!」
何かの助言を受けたようだ。私は何を見せられるのだろう。
「というわけでランス、ちょっと人気のない場所に案内してもらえる?」
どうあっても人気のない場所へ行かなければならないらしい。私はため息をつきながら了承の意を示した。
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