第27話 新・伝承の神子

 彼女は神に選ばれて神子になったわけではなかった。


 シャルロッテ様は公爵家の令嬢として我儘放題の幼少期を過ごし、学園に入学。学園で傍若無人に振る舞っていると18歳の卒業パーティーで婚約者から婚約破棄を突き付けられる。更には、家にも見捨てられ修道院に送られた。


 ここまで聞くと、どんな悪役令嬢断罪物語かと思ってしまうが、彼女はここで終わるような女性ではなかった。


 ある日、神子シャルロッテは修道院で働いていたときに白い鳥が傷を負っているのを見つけた。その、傷を負った小鳥というのが女神様から任を受け神子に足る人物を探していた使徒だったのだ。

 自叙伝によれば、改心したシャルロッテ様が傷を負った鳥を手当てしてあげて神子になったことになっている。


 でも実際は違ったのだ。

 ティーの話によれば、動けない鳥を見つけた彼女が言った最初の言葉、それは。


「まぁ!なんて美味しそうなのかしら!」


 これには使徒も焦った。


 さらに。


「ここは貧相な食事ばかりだから最高!肉は久しぶりね……こんなに美味しそうな鳥、独り占めするに限るわ」


 舌舐めずりしながら、シャルロッテ様は元令嬢らしからぬ様子でスカートの中からナイフを取出したという。


 いやいや、どこから持ち込んだんだ。そのナイフ。


 これには使徒も堪らず『待って!待ってください!』と、話しかけざるを得なかった。相手は修道女の服装だったこともあって自らの正体を明かし、神子を探す任があるので見逃してほしいと言う。するとシャルロッテ様は「なんてこと!どうしましょう!これはこっそり見世物小屋でも開いたほうが儲かるのかしら」と言ったのだ。


 なんて女だ!


 次々と追い討ちをかけるシャルロッテ様は笑顔で言う。


「わたくし、ここでの生活にウンザリしていますの!もし、わたくしを神子に選んでくださるなら、手当てしてあげてもよろしくてよ?断るなら、あなたを食べてしまいますわ!正直こんな生活が続くのなら、このような世界どうなってもいいもの!」


 足を掴まれ逆さづりにされ逃げられない使徒は仕方なく彼女を神子に選んだ。

 神子になったシャルロッテ様は、あっさりと修道院からの脱出に成功したのだ。


 神託を受け取った彼女は、白い鳥と共に勇者を探しに旅に出る。

 そして、見つけた勇者を尻に敷き、彼女は遂に禁術を使用した術師の首魁を打ち倒した。


 あの手この手と策を練り、悪に止めをを刺したのはもちろんシャルロッテ様。その現場には彼女の高笑いが響き渡ったそうな。この場面も自叙伝では美しい描写になっている。


 世間では、まさしく悪役令嬢だった彼女が改心して世界を救ったことが高く評価されているらしい。改心しながらも時折見せる苛烈な我儘令嬢の顔というギャップも彼女の人気に拍車をかけているようで、先代神子をモデルにした演劇は未だに廃れることなく上演されている。

 現代日本でも悪役令嬢が改心して人々に愛される話は人気があるみたいだし、それは分からないでもない。


 自叙伝の最後を締め括るのは、シャルロッテ様のありがたいお言葉。


『わたくしはやるべきことをやった。だから事を為せた。女だから、令嬢だからなどと、くだらない価値観に縛られて一歩を踏み出さないのは馬鹿のすること。チャンスがあれば必ず手を伸ばすのよ』


 といったテイストの文章らしい。

 確かにここだけ読めば、貴族女性でありながら自立した立派な神子様のような気がする。


 実際の話を交えた先代神子の伝承を聞いたら、なんだか俺でも神子やれるんじゃないかという気になってきた。

 ありがとう、シャルロッテ様。格式高く振る舞わなければなど考えなくても良かったのだ。貴女のおかげで、神子のハードルが非常に低く感じられる。

 悪役らしさや悪だくみを求められたら厳しいけど、こんなものは求められてないと思う。たぶん勇者も尻に敷かれたくはなかっただろうし。特殊な性癖を持っていなければ。



「えっと、それじゃあ…もしかしたら俺、その神子っぽい感じかもしれません。その、シャルロッテ様のようにはいかないと思いますけど」


 ランスさんは俺の言葉をきいて、ほっと息を吐いたように見えた。


「いえ、大丈夫です。正直に申し上げますと、シャルロッテ様のような苛烈な方でなくて安心いたしました…」


『私も、いっしょに旅するのがリッカで良かったです…』


 シャルロッテ様の旅にお供した人々の苦労は相当だったらしい。彼女を反面教師にして行動には気を付けようと思った。



「ああ、見えてきました。あれがフィリコスネーブです」


 ランスさんに言われて視線を上げると、遠くに温かい色合いの街が見えた。

 空を見ると太陽は真上から少し傾いたところにある。午前だか午後だかは分からない。時計が欲しいところだ。


『リッカ、街に入ったら売れそうなアイテムを売ってしまいましょう!カーテンがボロボロです』


 ティーに言われ改めて自分の姿を確認する。見えちゃいけない部分は隠れているが、あちこちが裂けて隙間風が寒い。


「たしかに…。はやく服が欲しいよなぁ」


 お金を得て下着とか、インナーとか、下着が欲しい。切実に。

 街に入ったらランスさんに、アイテムが売れそうなお店を教えてもらうことに決めた。


 今のうちに約束を取り付けた方が良いだろうかとランスさんを横目でチラリと確認すると、彼は何かを感じ取っていたらしく、冷ややかな目で強面男を観察していた。


「……ううっ」


 ランスさんが動いた。


「ぐぶぇっ」


「ぅわっ」


 目覚めそうになった強面男Aに手刀を打ち込んでいるところを目撃してしまった。秒で沈黙させられた強面男に流石に同情してしまいそうになる。


 視線に気が付いたのかランスさんが俺の方を向いた。それから申し訳なさそうな顔で謝ってきた。



「リッカ様。耳障りな音を聞かせてしまい申し訳ございません」


「え?いや、びっくりはしましたけど、まぁ、仕方ないことだと思います…」



 強面男たちに関しては自業自得だと思うし、起きて喚き散らされても困るので、その対応でよろしくお願いしますと言いたい。

 それよりも気になっているのは俺に向けるランスさんの対応だ。畏まり過ぎていて微妙に居心地が悪い。

 ランスさんとは出会ってから少ししか経っていないし、俺は神子という設定になっているので、この世界ではこれが通常運転なのかもしれない。でも俺は、そんな対応をされると困ってしまう。謙遜して言っているのではなく、本当に困るのだ。

 ぶっちゃけ、格式高いものに接するような態度で来られると、俺もそういう雰囲気を出さなければならないのではという落ち着かない気分になってくる。俺はシャルロッテ様のような神子ではなく、程々にそれっぽい神子という設定でいきたいのだ。良く言えば親しみやすい神子だ。そうすれば、多少の不作法も許されるだろう。……許されるはず。



「あの、ランスさん。俺に気を使ってくれてるのはありがたいんだけど、言葉遣いは最初に喋ってた時の方に戻してもらえませんか?なんか落ち着かなくて…」


 そう言ってみたけど、ランスさんの態度は変わらなかった。


「…しかし、そういう訳には。神子とは人より尊ばれるべき存在だと古来から言い伝えられているのです」


「いや、でも、それって昔の話ですよね?俺は気にしませんよ?あっ、何だったら俺も言葉遣い崩しますし。それだったら、お互い気を遣わなくて良いと思いませんか?」


 これは名案だと思う。俺にしては、なかなかスムーズな流れで友達枠に滑り込めるのではないだろうか。この世界での友達二人目にランスさんをロックオンだ。


「ですが…」


 俺の提案にランスさんは難色を示している。それから何回か似た会話をするけど、ランスさんは首を縦に振ってくれない。何故こんなにも頑ななのだろうか。


「う~ん…、何がそんなに問題なんだろう」


 俺の呟きを拾ったティーから衝撃の一言が。


『あっ、もしかして、ランスさんは貴族の出身ではないでしょうか?』


「え!そうなの!?」


 貴族とは普通に冒険者をやっているものなんだろうか。それとも訳ありだろうか?でも、貴族とランスさんが態度を崩してくれないことと何の関係が?


『今は貴族間にだけ伝わっている話なのですけど、先代神子就任後にシャルロッテ様の性格をよくご存じだった貴族達が反発したらしいです。何かの間違いだと。そしたらシャルロッテ様が恐ろしい予言を致しまして……』


「予言!?」


 シャルロッテ様って予言できたのか!神子に選ばれたときに貰ったスキルかもしれない。

 そっとランスさんの顔を確認すると、【予言】というワードで何を話しているか察したらしい。ばつが悪そうに目を伏せた。


 俺は再びティーを見て、続きを促す。


『えっと、神が選びし神子に狼藉を働く者あれば其の家系一代で滅びの時を迎えるだろう、といった内容でした』


「怖っ!なにそれ怖い!!ええ~…女神さまって怒ったら怖いタイプなの?」


 さぁっと血の気が引く。これはまずい。失敗してもお咎めなしは幻想かもしれない。処されるかもしれない。

 そんな考えが頭を駆け巡っていると『違います!』とティーに否定された。


『滅んだ貴族達がいるのは事実ですが、女神様は関与していません!貴族の邸宅を燃やしたのも、領地の資源を悉く爆破したのもシャルロッテ様です!彼女の自作自演です!』


「自作自演~~~!?」


 どうしよう!シャルロッテ様が思っていたよりも俺の足を引っ張ってくる!!

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