第26話 伝承の神子
「ああ。構わない。私も砦の内部について調べようとしていたところだ。内部の状況を知っているリッカ嬢がいるのは心強い」
「そうだったんですね」
ランスさんの事情は分からないが、どうやら目的の一部が一致していたらしい。それで、すんなり協力してくれるのか。納得した。
「さて、これからのことを話し合わなければいけないのだが…。その前に、質問しても?」
「ああ、はい。俺で答えられることなら」
ランスさんは少し迷うような素振りを見せたあと、俺を見た。
「砦の中の人々は総じて禁術にかけられるなどしていると言ったが、君が無事だったのは何故だ?」
「あー…。それですか…」
確かに、断片的な話だけじゃ完全には信用してもらえないだろう。俺だけ脱出とか怪しいもんな。疑われても仕方のない話だ。
女神様のお墨付きでもあるランスさんには、ある程度話してみても良いかもしれない。信じてもらえるかは別として。
「実は俺たち…俺とティーは、女神様に頼まれて、えーっと、禁術に関する問題の解決…と、スキルで合成されてしまった人たちの解放、と…、異世界から来た魂の回収をしなきゃいけないんです。俺たちは禁術が使われた後に送られて来たんじゃないかな、と思うんですけど…。多分」
しなくちゃいけないことを指折り数えて思い出しながら、禁術にかけられなかった理由を考えた。来たときには既に事が終わった後だったから、正確な理由と言えば、俺がリッカの体に入ったからなのだろうけど。
果たして、そこまで話してしまうべきなのだろうか。
女神様に頼まれた仕事が終わってしまえば、どうせ俺は元の世界に帰ってしまうとはいえ、いらない問題は起こしたくないのだ。痛い、怖い、面倒臭いことは出来るだけ避けて楽に進めたい。
どんな反応が返ってくるかも分からないので、どうするか考えていると…。
「な…」
「な?」
ランスさんが目を見開いてこちらを見ている。そう言えば、前に女神様と言ったときに、彼が微妙な反応をしていたことを思い出した。しまった。やってしまったかもしれない。邪教徒とか言われて亡き者にされたらどうしよう…!
俺が一歩、後ろに下がると。
ランスさんは距離を詰めてきて、俺の前に跪いた。
「えええっ!?突然どうしたんですか!」
「リッカ嬢…!いえ、リッカ様!あなたが今代の神子様だとは知らず、数々の無礼、誠に申し訳ございません!」
「わあああ!ちょっと、神子って何!?っていうかやめてください!立ってください!」
「しかし…!」
「いやもう、ほんとに!お願いですから!」
五体投地でもしそうな勢いのランスさんを、どうにか立ち上がらせる。この人、しっかりしてるし強いけど、他人を信用し過ぎではないだろうか。心配になってくるる。
「えーっと、神子って何です?というか初対面だし、自分でも信じてもらえるかも怪しい話をしてるのに、そんなすぐ俺のこと信用して大丈夫ですか!?」
「……?」
ランスさんは、不思議そうな顔で俺を見た。思わずティーの反応を確認すると、ティーまで不思議そうな顔で俺を見返してくる。
「ええ…?」
確かに話した内容に嘘はないけども。突拍子がない話だと感じる俺がおかしいんだろうか。異文化ギャップという名の壁か…!?
「もしやリッカ様は、神子をご存じないのですか?…神子とは、神の声を聞き、神より使命を託された者のことです。数百年前の神子シャルロッテ様は、勇者と共に禁術に手を染めた悪しき者たちを打ち倒しました」
「へー。ああ、そう言えば女神様が数百年前に勇者選定とかなんとかって言ってた気がするけど…」
「そして、神子様は常に純白の神鳥と共にあったと記述に残されております。さらに、その神鳥と意思疎通をしていたとも。リッカ様は、そちらの純白の小鳥と話をされていた。そこに演技は見られなかった。信用しないなどあり得ません」
あれだけの距離が開いていたのに聞こえていたのか。
俺が驚いていると、今まで普通の小鳥のふりをしていたティーが喋り出した。
『リッカ、今回の件は利用できるなら利用してください』
「え?それって?」
ランスさんには既にティーのことがばれてしまっているので普通に返事をする。
今回の件といえば、神子だと勘違いされていることだろうか。
『女神様は、リッカが動きやすいように前回の神子と同じ条件を揃えたんです。今代の神子として活動すれば味方も増やしやすいですよ!もちろんリッカが嫌なら強制はしません』
強制はしないと言われても、神子がいまいち分からない。そもそも自分がどういうスタンスでいればいいのかも分からない。気持ち的には、はじめてのおつかい気分なんだけど。フォーグガードを救えればよし、救えなくてもお咎めなしの安全保障付き。やる気がないわけじゃないけど、おそらく命懸けだっただろう前の神子様と比べれば気楽な旅だと思うし、同じ神子を名乗るのはおこがましい気がする。強面男に絡まれる以上の危険が山ほどあったはずだ。
それに、神子らしい美しい立ち振る舞いとか求められても、一般人として育った俺は敬語で話すくらいのことしかできない。前の神子、シャルロッテさんがどういう感じの人だったかも知らないけど!
「でも…俺なんかが神子とか…ちょっと無理があるんじゃ…。分からないけど、立派な人だったんでしょ?シャルロッテ様って」
『う、う~ん?まぁ、最終的には立派と言っても良いのでしょうか…』
あれ?ティー、それどういう反応…?
「えー…あの、もしやリッカ様は【神子シャルロッテ様の伝承】をご存じないのでしょうか?よろしければご説明しますが」
俺が困っていると、困惑気味に見える表情のランスさんが声をかけてきた。
「【神子シャルロッテ様の伝承】…ですか?」
なんと、伝承が残っているほど有名な人だったのか。是非とも話を聞いてみたい。そう思った俺はランスさんの申し出を受けることにした。
ずっと同じ場所に留まっていると日が暮れてしまうので歩きながら話を聞いた。
ランスさんが教えてくれる伝承は間違いなく尊敬され愛される神子像そのものだった。気の強い性格も許容できる。いや、そのくらい気が強くなければ神子としての使命はやり遂げられなかったに違いない。そう思わせる話だった。一緒にいろと言われたら怖いけど素晴らしい人だと思った。
……追加でティーが実際のところどうだったかを補足してくれた、リアル先代神子シャルロッテ様の伝承を聞かなければの話だけど。
まず、彼女についての伝承が『残されている』というよりも、自ら『残した』という点でビックリだ。当時、本は相当に裕福な貴族しか買えなかったものらしいのに彼女の自叙伝はバカ売れ。シャルロッテ様は死ぬまで働かず裕福に暮らしたという話だ。まあ、彼女のおかげで女性の社会進出が大きく進んだという点では立派だとは感じた。
問題はその伝承に描かれていない部分だった。
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