第25話 勧誘(弱)

 言葉通りランスさんは、俺が「疲れてきたなぁ」と思ったタイミングで休憩を入れてくれる。後ろに目でも付いてるのか。迷惑ばかり掛けちゃ駄目だし、歩くぐらいは頑張ろうと思ってたんだけど…。


「あの~、本当にすみません…。こんな何度も足を止めさせてしまって…。」


 申し訳なさに耐えかねた俺はランスさんに謝った。


「あと、あとえーと…」


 他に話題を考えるけど思いつかない。「他の予定は大丈夫なんですか?」とは聞けない。聞いたところで俺にしてあげられることがないし。

 ランスさんに限ってそんなことしないとは思うけど、「やっぱりちょっと時間が…」なんて言われて置き去りにされたら心細さ半端ないし。


 何を話すか迷っていると、ランスさんが先に話を振ってくれた。


「…リッカ嬢は変わっているな。以前仕事で、豪商や貴族のご令嬢とも関わることがあったのだが、こんなに歩かせてしまうと機嫌を悪くする人の方が多かった」


「え~、うっそだぁ!ランスさんを前にして機嫌悪くする女の人なんているの?猫被りそうだけど」


 こんなイケメンと長く歩けるのなら女性は喜びそうなものだけどなぁ。日本でもイケメン社員の扱いと俺の扱いには雲泥の差があったし、話すときの声のトーンが全然違うんだよ…。三次元女子怖い。


「そうだろうか…いや、そういったことは一切なかったと…」


 ランスさんは何かを思い出すように、言葉を切って苦笑いを浮かべる。


「ああ…、今となっては懐かしいな」


 そう言って、ランスさんは懐かしそうに目を細めた。


「何がです?」


「ああ、基本的に護衛任務は数人の小隊で行うのは知っていると思うが、そのとき私が所属していた小隊は男所帯だった」


「あ~、そうなんだ」


 護衛任務がどんな感じなのか知らないけど取敢えず相槌を打っておく。


 でも確かに、屈強な男達が沢山いたら俺でも声を掛けづらいと思う。だから女の人が機嫌悪くしちゃったのかなと納得しかけたが、ランスさんの話はまだ続く。


「その中の隊員から『厳しくなさそうな資産家のご令嬢で、美人で、グラマラスで、知性を感じられて、自分を立ててくれる優しい女性とお付き合いしたい。お前は相手に困っていないのだから遠慮しろ。これを着て一言も喋るな』と言われて、何故か私は令嬢の護衛任務では常にフルプレートの鎧を着せられていた」


「理想たっか!しかもフルプレート!?」


 フルプレートって言ったら全身金属の鎧に包まれて顔もよく見えないやつだよな…。その人どんだけライバル排除したかったんだよ。そう考えると笑いが込み上げてきた。


「で、結局その人の計画は上手くいったんですか?」


「全く成果は得られていなかったな。まずその条件を満たしている女性が少ない。それに、あいつも根は真面目で任務中は仕事に打ち込んでいたから、積極的にご令嬢と関わってはいなかった」


「ふーん…」


 なんだろう。シャイだったのだろうか。それか別の目的があったのかな。


 足を止めて話していたおかげで少し疲れが癒えた気がする。俺が歩こうと凭れていた木から背中を離すと、ランスさんも強面男たちを担ぎなおした。

 歩き始めてからも、話をしているほうが何となく気が紛れる感じがするので俺は話を続ける。


「あ、そういえば、何で俺のこと『リッカ嬢』って呼ぶんですか?」


「…君が何処から来たのか詮索するつもりはないのだが。ただ、その身に纏っている布はかなり上等なものだ。それに手指が荒れている様子もない。だからどこかの…訳ありのご令嬢だと判断したのだが…間違っていたらすまない」


 俺は手元で握り締めているカーテンに視線を落とす。


 …ランスさんは今、何と言っただろうか。布が上等だって聞こえたぞ。布って俺が着てるカーテンだよね。え、そんな高価なものだったの?それって不味くない?


「ちっ、違うんです!これには深い理由が!ちょっと服の布面積が足りなくて!決して砦の塔で盗みを働いた訳じゃ…、ああっ!駄目だ、壊した上に持ち出してる!うわああああ、ランスさん!どどどどうしよう俺、捕まっちゃいますか!?捕まっちゃいますよね!?」


 器物損壊からの窃盗。日本でやったらお縄になるやつだ。確実に異世界でもよろしくないだろう。焦った俺は、どうにか言い訳をしようとして墓穴を掘った。どこで盗ったかまで言ってしまって、もうパニックだ。自分が何を言っているのか、だんだん分からなくなってきた。


「だ、脱出する為だったんです!仕方なく、仕方なく壁に穴を…わあああああ!!!言っちゃった、ティー!どうしよう!」


『リッカ、落ち着いてください!深呼吸です!』


 全部ゲロッちゃったよ!!洗いざらい暴露するやつがどこにいるんだ!…ここにいたわ!俺のバカ!


 ティーの言う通りに深呼吸をすると、ほんの少しだけど落ち着いた。俯き加減に彷徨わせていた視線を恐る恐る上げてみると。

 ランスさんの顔色が変わってしまっている。なんだか、こちらを険しい顔で睨んでる気もしてくる。

 これはもう警察?に突き出されるやつだ!きっとそうだ!


 女神様。ごめんなさい。俺の旅はここで終わるかもしれません。


「申し訳ございませんでしたぁああ!どうか!どうか温情を!慈悲を!」


 どうせ捕まるなら、せめて情状酌量の余地をと、土下座の体勢に移行する。こういうときは素直に謝ってしまうに限る。人生諦めが肝心だ。


「待て!待ってくれ!リッカ嬢!君を責めてはいない」


 慌てた様子でランスさんが俺を立ち上がらせる。


「君は砦の塔と言った。それと、脱出か。その話を聞かせてほしいだけだ。ドーンソルダートで一体何が起こっている?」


「へ?どーん、そるだ…?あの街みたいな砦のことですか?」


「ああ。ドーンソルダート砦のことだ」


 あれ、この展開なら俺、捕まらないんじゃ…!寧ろ、全部話したら不可抗力だったことを分かってもらえるかも?ついでに、当初の予定だった助っ人勧誘もできるかもしれない。


 よーし、そうと決まれば、協力的な感じでいこう。


「分かりました!実は……」







 俺は時間を掛けて説明を終わらせた。

 砦に住む殆どの人間が禁術にかけられていること。それを解く方法が見つかっていないこと。

 間違った異世界召喚術のせいで流れ込んだ魂、日月さんのこと。彼は白昼夢の中にいるような状態で人を合成して物語に出てくる人物を作ってしまったこと。

 一人と一羽ではどうにもできず(ここはしっかり強調しておいた)、一旦脱出してフィリコスネーブを目指していたこと。


 禁術を使った魔術師や媒体など気になることは沢山あるが、ひとまずは砦の中で起こっていることを中心に話しておいた。


 話を聞き終わったランスさんは、かなり困惑した顔をしている。


「俄かには信じがたい話だな…。禁術は大昔、勇者によって失われたもの…、それが砦に蔓延しているというのか?…いや、しかしそれなら門衛の状態にも説明がつくか」


「で~…その~俺、それを解決しなきゃいけなくて、もし、もしですよ?もし忙しくなければランスさんに手伝ってほしいんですけど…。本当に忙しくなかったら、で良いんで…」


『リッカ、ビックリするくらい押しが弱いです……!』


 うん、知ってる。でも、女神様の名のもとに!とか、一緒に世界救おうぜ!とか言えるだけの実力を俺が持ち合わせていないんだもの。しょうがないじゃないか。スキルだけは一人前以上なのに。


 ここまでの道程だって申し訳ないぐらい足引っ張ってるのに手伝うとか、苦労するの分かり切ってるじゃん。引き受けてくれる人いないと思うんだよね…。悲しいことに。俺、頑張れるかな。


 しょんぼりしてきて、カーテンローブの解れをイジイジしていると。



「ふむ、話は分かった。私で良ければ手伝おう」


「えっ!いいんですか!?」


 ランスさん、まじで天使なんじゃないか。

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