第24話 女神様ありがとう

「しばらく待っていてもらえるだろうか。武器の回収と魔物の処理を終わらせてくる」


 そう言うと、ランスさんは少し離れた場所に横たわっていた魔物の死体に近付いていく。割と近くにあったことに驚いてしまった。多分、死体が見えない位置にランスさんが立ってくれていたんだろうと思う。なにこの人。まじ紳士。心までイケメン。天使。


 だがしかし、見るなと言われると見たくなるのが人の性。別に見るなとは言われてないけど。


 どんな魔物なのかな…と近付いてみると。


 解体ショーが始まっていた。


「ぐぺ」


 急いで目を逸らしたけど、変な声と一緒に胃から酸っぱいものが込み上げる。すんでのところで飲み込んだ。危なかった。俺は、その場から少し離れた場所でティーとお喋りすることに決めた。





「マジかー…。この世界、解体とかしなきゃいけないんだ…。まぁ当然だよなぁ」


『そうですね。食料としてお肉、武器や防具の素材にもなる部位もありますし。この世界の冒険者の方々も全ては無理でも最低限、魔石は取出す方が多いですよ!』


「そっかぁ…」


 もとの世界だって自分でやってなかっただけで、生きた動物を解体して肉に加工する職業の人がいるのだ。これからの身の振り方によっては自分でやらなくちゃいけない時が来るんだろうな…と思い、ため息をついた。

 ランスさんに怪しまれないように、小声でティーに話しかける。一人で声を出してることには気が付かれるかもしれないけど、ペットとお喋りする人もいるしギリギリセーフだろう。


「なぁ。ティーってさ、動物の解体の仕方って知ってる?」


『? はい。知ってますよ。お教えしましょうか?』


 回復魔法をかけてもらい、すっかり元気になったティーは俺の手の中で羽をパタパタさせて、解体について何のことはないような反応を返してきた。…やっぱりこの世界で生きていくには避けられないことなのか…。


「…うん。その時はよろしく…」


『その時でなくても、今お教えしますよ!』


「ええっ…!待って待って、ちょっと今は心の準備が…!」


 ティーが急にやる気になってしまった!この話は藪蛇だった…!


 そもそもお金がどうにかなるなら買って済ませてもいいのだ。今のところ、そんな急いで覚えるものでもないし。料理にもこだわりないし、何だったらこの世界ではベジタリアンになってもいい。とにかく解体は荷が重すぎる。


 どうやって回避しよう…!時間稼ぎでもいい…!


 俺が悩んでいる間にもティーの話が進…


『【マイホームインベントリ】と唱えて、やっつけた魔物や動物など、対象を選択します!そしたら、食べられる素材ならキッチンへ、その他の素材はベッドがあったお部屋の収納ボックスに入るようになっているそうですよ!持ち歩きたい物があるときはマイホームでボックスから空間収納結界に移すのを忘れないでくださいね』


「…………へ?それって全自動?」


『はい!そのはずです』


「倒した対象って、どのくらいの距離で選択できるの?」


『視界に入っていれば大体は可能だったと思います』


 俺は、ティーをそっと頭の上に移動させると手を組んで神に祈りを捧げた。女神様に見えるように、空に向かって。住んでいる場所が空の上かは知らないけども。

 神様…!ありがとうございます…!俺は、この世界でやっていけそうな気がしてきました…!

 それなら、いくらでもやりようがある。ご飯に困ったら結界で捕まえて、遠くから止めを刺してしまえばいいのだ。そしてそのままマイホームインベントリにインしてしまえば完璧だ。…止め…止めか。出来るかな…。


「…リッカ嬢?」


「はいっ!?」


 なんてこった!見られた!全力で不審者してるところ見られた!恥ずかしすぎる!


「こちらは終わったのだが…、君は…信心深いのだな」


 ランスさんは不審者を見るような目で…見ていなかった!優しそうに笑っている。反応が思ったよりも好意的だったので全力で乗っかることにした。今から俺は、不審者ではなく女神様の信仰者です。


「えっ、ええ、そうですね!女神様は素敵な方ですから!」


 実際に会ったし!しかも、優しいし親切だし綺麗だし。嘘は言ってない。


「…そうか」


「えっと、どうかしました?」


 ランスさんの様子が少しおかしい気がする。表情が曇っているような、いないような。俺、なにか悪いこと言った?




 しまった!!まさか、信仰対象が違うのだろうか。安易に女神様って言ってしまった。改宗を求められたらどうしよう。


「何でもない。気にしないでくれ。こちらは終了したので移動したい」


「えっ。あっ、分かりました」


 あの顔は何だったんだろうか。

 よく分からないけど、あんまり良い表情ではなかったのでさっさと次の話題に乗っかることにする。そうするとランスも元通りになったから、多分これで良かったんだろう。


「どこに行くんですか?」


「もう一人の窃盗犯を回収する。しかし、ここは森の比較的浅い場所だが、危険がないとは言い切れない。申し訳ないが同行してもらえるだろうか?」


「行きます!是非!喜んで!」


 本当に申し訳なさそうな顔のランスさんにお願いされたけど、明らかに俺は足手まとい。俺の方こそ申し訳ない。というか、行ってくるから待っててって言われたら、ランスさんの足に縋り付くとこだったわ。

 だって、モンスター出るんだぞ!すごいスキル持ってたって、使うのが俺だったら宝の持ち腐れだよ…。これマジでへこむなぁ…。経験値を積む前に心が折れそうだもの。







 そうして俺たちは、もう一人の強面男を回収し、一旦この森から出ることになった。

 この時点で息も切れ切れの俺を見て判断してくれたらしい。明るいうちにフィリコスネーブまで送ってくれるという話だ。この人、本当に良い男だよ。俺が女の子だったら放っておかないね!


 両手に犯罪者を掴んだランスさんが、俺に向き直る。


「リッカ嬢。私は窃盗犯二人を運ぶので手いっぱいだ。すまないが、あまり手を貸すことが出来ないと思う。その分、休憩は多く挟むつもりだが、辛くなったら遠慮せずに声をかけてほしい」


「あっ、はい…!ありがとうございます!」


 そう言って、ランスさんは強面男たちを引き摺りながら歩き始めた。雑な扱いだ。強面男たちよ、ざまぁ。怖い思いをさせられたからか同情心も湧いてこない。


 心配なのはランスさんだ。森を出るまでとはいえ二人も運ぶのは大変なんじゃないだろうか。


 どうしよう。結界のスキルで運べば楽だと思うけど…。おそらく希少らしい【結界】スキルを初対面の相手に暴露しても良いものか悩む。女神様に頼りになると言わしめたランスさんなら、大丈夫なような気もする…。強面男には言っちゃったけど知らないみたいだったからノーカンで行こう。あれは事故だ。


 一人で考えても埒が明かない。前を歩くランスさんから少し距離を取り、ティーに相談してみる。


「ティー。ランスさんに俺のスキル、ばらしても大丈夫と思う?」


 小声の俺に合わせて、ティーは俺の肩に移動した。


『うーん。女神様が大丈夫と言ったなら私は大丈夫だと思いますよ?それに、大丈夫じゃなくなっても結界を使えば一発です!』


「おぉ…そっか。ティーは…、思い切りが良いね…」


 ティーのアグレッシブな一面を垣間見てしまった。それ、もしかしなくても物理だよね。物理で黙らせるって意味だよね。俺の複雑な気持ちを知ってか知らずか、ティーは羽ばたきながら脚をシュッシュッと鋭く蹴り出す動作をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る