第21話 ランスロット・コンスタンティヌスという男2
ギルドまでの道のりを歩く道中、日が高くなり、すれ違う人々が多くなってきた。この時間に活動を始める人々のほとんどは地元の者だろう。皆、穏やかそうな雰囲気を纏っている。もし砦に戻れずともリリアナが許してくれるなら、ここで暮らすのも有りかもしれないと前向きな気持ちにさせられた。
冒険者ギルドの前に着いたら、扉をくぐる前に一度だけ深呼吸をする。元来、嘘は苦手な方だ。己の出自がばれぬよう気を抜かないようにしなければいけない。
初めて冒険者ギルドに登録するにあたり、私は【ランス】と名乗ることにした。
ランスであれば無い名前ではないし、ギルドの者も深くは詮索しないだろう…という希望的観測に頼る情けない偽装だ。このようなとき、頭の切れる兄ならば、きっと様々な案が浮かんだのだろうが…自分は本当に貴族に向かない性質だと、つくづく感じる。戦術に関してなら偉大な先達には劣ると言えども、まだマシな結果が出せると思うのだが…。
思考を顔に出さぬよう気を付けながら扉をくぐる。まだ早い時間帯で冒険者が少ないせいか受け付けから視線を感じた。視線に気付かぬふりをして、依頼の詳細が書き込まれた用紙が所狭しと貼りつけられているボードの前に立つ。
端から順に移動しながら手ごろな依頼がないか探しているが、なかなか見つからない。仕方がないので新しい依頼が貼り出されるのをしばらく待つことにした。受け付け嬢が依頼用紙をまとめている音が聞こえるから、そう時間はかからない筈だ。
この時間帯はギルドに併設された食堂もやっていないので、椅子にかけて待たせてもらうことにする。受け付けから聞こえる紙を捲る音が速くなる。私が待っていると知って作業を速めたのかもしれない。申し訳なく感じた私は、大して急いでいない風を装って窓の外を眺める。そうしているうちに、また思考の中へ落ちていた。
冒険者ギルドに登録する際に前職と本名を隠さざるを得なかったのは、スキルを失い砦を追放されたと知られてしまえば家名に泥を塗ることになってしまうからだ。このようなお粗末な偽装では時間の問題かもしれないが、どうにかそれだけは避けたい。
人知を超えた存在にスキルを奪われる者は稀にいる。問題なのは、その誰もが人の道を外れた者たちばかりだからだ。奪われる基準は未だに解明されていないが、普通に生活を営んでいる人間がスキルを奪われたという話は聞いたことがない。
また、心配していたことと言えば、砦から街へ追放者の通達があったのかどうかと、自分の顔を知るものがいないかどうかだった。たまに女性に声を掛けられることがあるが、道を尋ねられるくらいで今のところどちらもないようだ。この街は不思議と方向感覚に疎い女性が多い。
砦の隊員で親しくしていた者もそうでない者も、誰一人として外出していないらしい。戦士は女性よりも男の方が多い。だからだろう、出会いを求めて一部の者たちは定期的にフィリコスネーブに足を伸ばしているという話を聞いたことがある。砦から出されて1か月以上経つのに誰も出てこないのは流石におかしい。
ドーンソルダートへの流通を担っている商人にそれとなく話を聞いたところ、妙なことを言っていた。砦に入ったところまでは鮮明に覚えているが入ってからの記憶がぼやけていると言うのだ。寄る年波には勝てないと商人は言っていたが、個人的にはそう感じていない。やはり何かが起こっている。
「ランス様、お待たせいたしました」
受け付け嬢が作業の終了を伝えに来てくれた。かなり急いでくれたようで頬に赤みが差している。申し訳なく思った私は「わざわざすまない。ありがとう」と礼を言い、席を立つ。
再びボードの前に立った私の目に、ひとつの依頼が飛び込んできた。
『二人組の窃盗犯の捕縛』というものだ。
依頼自体はありふれたもの。気になったのは場所だった。
表記されている場所はドーンソルダート砦の西の森。この依頼を受ければ、怪しまれることなく砦に近付ける。上手くやれば砦内の情報が手に入るかもしれない。
逸る心を抑えて、他の事項にも目を通す。
ドーンソルダート砦の西の森。浅い場所は比較的安全だが、奥へ進むほど強い魔物が蔓延る危険な森だ。そこへ逃げ込んだという話らしい。だとするならば、この窃盗犯らはこの辺りの出身ではないな。森の奥が危険なこと、許可無き者が森に近付けば見張りの兵に捕縛されることは、この辺りで知らない者はいない。
危険度も低めだ。そもそも手練れなら既に姿を晦ませている。今や機能していない砦の兵は森に入る者を気にしてはいない。依頼に上がるということは、追跡を撒く力量がないか、森に入るところを偶然目撃されたかのどちらかだろう。
実際に目視で確認しないことには正確な力量は分からない。窃盗犯というからには瞬発力があるか目眩ましのようなスキル持ちだろうか。どちらにせよ今回は不意打ちに注意していくべきだな。
依頼達成への方向性は大まかに決めた。重要なのはその後だ。
窃盗犯は最速で捕縛した後、昏倒させ、その辺の木にでも縛りつけておけばいい。今日は砦の調査に専念するのだ。
私は強い決意を胸に、ボードから剥がした捕縛依頼を手に受け付けへと向かった。
ギルドでの手続きを済ませた私は、街で借りた馬で森へと辿り着いた。
窃盗犯の目撃情報をもとに痕跡を探す。砦の防壁から離れるように移動しながら木や茂みの様子を確認していると、枝が折れていたり切られている場所が見つかった。茂みを踏み分けた跡から少人数で森に入っているようだ。枝の切断面は切れ味の悪い刃物で切ったのか、樹皮が切断しきれずにぶら下がっている。魔物を定期的に間引く兵士たちは最低でも5人以上で森に入るし、このような酷い太刀筋のものはいない。ここで間違いないだろう。
私は気を引き締めて、森へと足を踏み入れた。
何度も定期討伐で訪れた場所だ。庭とまでは言わないが、何も知らずに入った者に比べれば歩みは速い。痕跡を見逃さずにさえいれば、そう時間を掛けずに追い付けると判断し歩くスピードを少し緩める。ここからは極力、音を立てずにいこう。
さらに進んでいくと、ふと気配を感じ身を低くして木の陰に隠れた。
生い茂る草の隙間から気配のもとを辿ると、男が歩いている。痩せ型で三白眼、狡猾そうな顔立ちで髪を後ろで束ねている。対象の一人を発見した。
向こうはこちらに気付いていない。大欠伸をしながら大して警戒もせずにこちらに向かって歩いてきたので、息を潜めてタイミングを計る。気配は一人分。他には感じられない。これなら得物を使わずとも捕縛可能だ。
対象が間合いに入った。そのとき、風が吹いたか、鳥が飛んだか木の葉が音を立てた。不用心にも対象の男は音のする方を見上げる。
私は素早く男の後ろに飛び出し首を締めあげて、男の意識を刈り取った。
意識が戻っても身動きが取れぬよう、用意しておいた縄できつく縛る。刃毀れした短剣は取り上げ、他に凶器の類が衣服に仕込まれていないことを確認。仕上げに気道を確保してやり、野生の獣や魔物に狙われないよう適当に獣避けの薬液を振りかけておく。
碌な抵抗もなかったあたり、本当にただのゴロツキだったのだろう。警戒するにこしたことはないが、少し拍子抜けしてしまった。
次の痕跡を探して周辺を確認していると。
『うわあああああ!!!やめろよーーー!!!やだって!!誰かーーーー!!!』
「!」
遠くから悲鳴が聞こえる。少女か、少年か。かなり緊迫した状態のようだ。
瞬時に緊急を要すると判断した私は捕らえた男を捨て置き、声のする方へと走る。そう遠くはない。間に合うはずだ。いや、間に合わせるのだ。私は更にスピードを上げた。
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