第20話 ランスロット・コンスタンティヌスという男1

 私はかつて国防の拠点である【ドーンソルダート砦】の兵士だった。


 ドーンソルダートの誇り高き兵士に憧れを抱き、厳しい入隊試験を突破した私は人々の安寧を守るため日々鍛錬を怠らず、魔物討伐でも着実に成果を上げ家名に恥じぬよう行いを正しくしてきた。


 ドーンソルダートの兵士として生きたいと家族に打ち明けたときは酷く反対されたが、私にとってそれは簡単に諦められるものではなかった。少々過保護な面がある彼らを説得するのは容易ではなかったし、辟易したことがないと言えば嘘になる。しかし、最終的には私の意志を尊重し、砦の戦士になるという夢を許してくれた。


 入隊から数年、過酷な訓練や任務に苦しみながらも自らの成長を感じられる日々。私は幸福感に満ち溢れた生活を送っていた。

 入隊が認められたとき、ともに喜び、惜しみのない援助をしてくれた家族に改めて感謝した。今の自分がドーンソルダート砦にいるのは、他でもない家族のおかげだ。

 家から出た私が家族の為に出来ることは何か考えたとき、答えはすぐに出た。自らを鍛え人々を襲う魔物を一匹でも多く駆逐すること。それが間接的にコンスタンティヌス家を助けることになるだろうと。その考えに至れば、厳しい訓練にもより一層身が入るようになった。


 そんな思いを胸に砦で生活していると、どうやら私は武芸の才に恵まれていたようで、ドーンソルダートの【ランスロット・コンスタンティヌス】と言えば槍の名手と称えられるまでになった。その名声あってかどうかは分からないが、神に祝福された希少なスキルを授かることができ、砦の中でも数人しかいない神聖スキルを授かった兵士【パラディン】へと昇格した。家族と、婚約者の【リリアナ】が喜んでくれたのは今もしっかり記憶に残っている。

 いつ命を落とすか分からない職業であることから、婚約者である彼女との別れも覚悟していたが、その話をしたら酷く怒られたものだ。躊躇う私をよそにドーンソルダート砦まで共にきてくれた彼女には感謝してもしきれない。


 慢心はしないが順調といえる日々だったと思う。あの日までは。


 あの日、といっても思い出せることがあまりない。

 確か、その前日。魔物との戦闘が長引き帰宅が遅くなってしまった夜だった。暗い廊下で誰かに会った気がするのだが、そこで記憶は途切れ気が付けば砦の外に放り出されていた。


 何がなんだか分からず、ひとまず砦の門衛に声を掛けたが中に入ることは叶わなかった。

 異様に虚ろな目をした門衛の話によると、神を裏切り神聖スキルを失った戦士はドーンソルダートに留め置くことはできないという。分かりやすく言うなら追放処分だ。


 神聖スキルを失った、そう言われて初めて自分の中に宿っていた力が消えたことに気が付いた。だが、もともとは持っていなかった力だ。神聖スキルがなくとも、パラディンではなくなっても戦うことはできるというのに何故、と抗議したが同じ言葉を繰り返すのみで聞き入れてくれる様子はなく、納得できぬまま砦を離れることになってしまった。リリアナとも連絡が取れていない。


 神を裏切ったとは何なのだ。私は何をしたというのだろうか。だとすればリリアナは無事なのだろうか。いっそのこと砦でひと騒動起こしてリリアナを連れ出すか…。いや、そんな犯罪まがいのことをすれば優しく正義感の強い彼女のことだ、きっと怒るに違いない。軽蔑の眼差しを向けられ別れ話なんて持ち出されたら私は立ち直れない。ただ、もし処刑される者の護送馬車が出るようであれば情報を聞き逃さないようにしておかなければ。そんなことをずっと考えながら、重い足取りでフィリコスネーブの街へと辿り着いた。


 幸い身に着けていた金品はそのままだったので宿を取り、状況を整理し身の振り方を考えることにした。一旦、実家に帰ることも考えたがリリアナを置いていけるわけがない。彼女と連絡が取れたとしても旅費が必要。手持ちだけでは心もとないのでフィリコスネーブに留まり、冒険者として生活することに決めた。留まる理由はリリアナのことが一番だが、訳も分からないままに追い出されたくせに未だドーンソルダートに未練がある己には驚いたものだ。




 さて、ぼんやりと考え事をしていたら良い時間になった。今日の冒険者ギルドに仕事を見に行かねば。


 街から遠く離れるような泊まりの仕事は受けないので、基本は魔物退治と犯罪者の捕縛、若しくは討伐が主な仕事だ。近場の仕事は危険度が低く緊急を要するものはないため多く稼ぐには数をこなさなければならない。


 冒険者業を始めた頃は、ドーンソルダートに近いため条件に合う仕事があるかどうかが不安だったが、杞憂だった。ギルドの受け付けで小耳に挟んだ情報によると、砦の兵士たちは定期依頼や定期討伐なんかはしっかりとやっているらしいが、突発的な依頼を受け付けてくれなくなったらしい。

 ドーンソルダートで何が起こっているのか。噂で耳にした限りでは、私が門衛に抱いた違和感と似たり寄ったりで内部情報を知るには至らなかった。砦が一部の仕事を放棄してくれたおかげで私は仕事にありつけているというのも皮肉な話だ。砦の中にいても外にいても同じことをしているのだから。


 宿で食事を済ませ、出発の準備をするため荷物に手を伸ばす。

 消耗品に不足がないか、防具と相棒のショートスピアの状態は良好かを確認する。今使っている武器は何の変哲もない普通のスピアだ。取り回しが楽で、余程の小部屋でもない限りは場所を選ばないのでこれを使っている。砦に入ることが叶うのならば愛用していたものを使いたいのだが、無理なものは仕方がない。よくよく考えてみれば身元を明かしていない状態で使えるものでもないのだが。


「ふむ…、食料はもう少しあったほうがいいか」





 宿を出るとフィリコスネーブの街並みが広がっている。古代語で【親切な隣人】という意味を持つフィリコスネーブ。名は体を表すとはよく言ったもので、純白の建造物が多いドーンソルダートと違い、温かみのある淡い黄土色の建物が多い。勤勉な者が多いのか夜が明けて間もないというのに、ちらほらと開いている店もある。干し肉などの保存食を補充する為に行きつけの店に立ち寄る。店番をしていた、人の良さそうな恰幅の良い夫人がこちらに気付いた。


「いらっしゃい!兄さんは今日も早くから仕事かい?」


「ああ。いつもの保存食を頼む」


 そう言いながら金を渡すと、常連というだけあって、それだけで汲みとってくれる。手早く干し肉と木の実を包んで手渡される。


「まいどあり!それにしても働き者だねぇ。あんた男前だし良い旦那になるよ!うちの娘なんかどうだい!?可愛いよ~?」


 ここ通い始めた理由は、悪質な店がほとんどないと言っても良いフィリコスネーブの店の中でも良心的な価格、その割には高品質という頭一つ分飛びぬけた店主の商売の上手さが垣間見える店だったから…なのだが度々この話題を振られるのには参ってしまう。ああ…しかも今日は居る日か。


 店の奥からガタガタと音を立てながら足音が近づいてくる。


「おい!俺抜きでなんつう話してんだ!マリアは絶対嫁には出さん!マリアは将来お父さんと結婚するって言ってたんだ!」


「まったく、あんたはなに言ってんだい!そんな昔の話出してきて!こんな優良物件捕まえとかなきゃ損だよ!」


 また店主と夫人の言い争いに発展してしまった。喧嘩するほど仲が良いとはこのことだ。

 私もリリアナとの子に恵まれたら更に絆が深まるのだろうか…。そう、私には心に決めた人がいるのだ。夫人には毎回そう言って断っているはずなのだが…、伝わっている気配がまるで感じられない。店主にもそう言おうとしたが言い争いに発展してしまっていて私の言葉は届かないようで、今日のところは諦めることにした。店の外で会ったら話をさせてもらおう。

 ちなみに…当のマリアは12歳。好きな男の子は、はす向かいの八百屋の息子だと本人から聞いた。両親には内緒だそうだ。秘密を教えてくれた理由は、私とは結婚してあげられないからだという。きっと彼女は誠実で素敵な女性に育つことだろう。


「…、また寄らせてもらう」


 そう言って私はこちらに飛び火しないことを祈りながら、こっそりその場を後にした。この店が良店にも関わらず繁盛しきらないのは、こういうところがあるからだと思う。待ち時間が少なくて済むのは助かっている。

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