第18話 はじめてのぴんち

 明け方に砦から出て何時間経っただろうか。進めど進めど風景が変わった気がしない。


『リッカ…大丈夫ですか?』


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…もう…どの位…歩いた…?」


『まだ1時間も経ってないですよ…!』


「い、一時間も経って…ないって、その言い方だと…、はぁっ、この世界の人たちは余裕で…一時間以上、歩くってこと…?」


『ですね!馬車などもありますけど、健康な方はどこまでも歩きますよ!』


「ま…、マジか…」


 …結論から言うとこの体、体力が無い。舗装されていない道なき道に足を取られて前に進むのも大変だ。だがこれでも俺の本体よりは体力があると思う。生まれてこの方運動部に所属していない、さらに社会人になってからは事務仕事、休日はインドア生活野郎の運動不足を舐めてはいけない。


 女神様…身体能力に関してはどうなってるんですか…。盛ってくれた因子はどこで仕事してくれるんですか…。まさか…結界とマイホームだけ…?確かにすごいんだけどさ…。


『ファイトです!』


「ふぁ…ファイトって…はぁっ…街って…隣接してるって…言ってなかった…っけ?」


『えっと…人が作った地図によれば、隣接してます!』


 …なるほど、県と県が隣り合っているイメージだったのか。しかも田舎の県境。聞くんじゃなかった。


 日本の街中で育った俺としては最寄りのコンビニまで徒歩5分の気分だったのに、こんなに歩かなければいけないなんて聞いてない。尋ねてもいなかったわけだけれども。


 想像よりも規模が大きかったせいなのか、疲れがどっと押し寄せてきた。



「駄目だ…。ちょっと休憩…しよう…」


 砦の周辺地というだけあって森の木々には少しずつ人の手が入っているらしく、座るのに丁度よさげな切株を見つけた俺は、少し休むことに決めた。



『了解です!では私は、今どの辺りにいるのか上から見てきます!ついでに砦の中の様子も探ってきますので、ゆっくり休んでいてくださいね』


「うん、ありがと…。気を付けて…」



 ティーを見送ってから、どっこらせと切株に腰を下ろす。


 水でのどを潤し、ぼーっとしながら空を見上げる。異世界でも空の色は変わらない。…いや、少し緑がかっているのか。不思議だ。異世界転移なんて貴重な経験だし是非とも覚えて帰りたい。覚えて帰るには女神様に頼まれたお仕事を無事に終わらせなくては。


 しかし、旅をするにあたってこの体力の無さはどうにかしなければいけない気がする…。これでは敵に追いかけられたときに困ったことになるのではないか。追いかけられないに越したことはないけど、念のため結界の使い方次第でどうにかならないか考えてみよう。シミュレーションは大事だ。


 …結界の中に入って結界を移動させるとか。これは良いんじゃないか。

 結界の馬力は重たい壁を移動させられるほどだ。きっとすいすいと進むに違いない。問題点は、乗り物酔いしないかどうかと、目の前のものを轢かないようにするにはどうしたらいいか。プラス、中のものにかかるGはどうなるのか。移動のたびに壁にぶつかるのは嫌だ。


 あとは見た目だな。結界は薄っすら見えるとはいえ透明だ。遠目から見て人が浮いていたら、ましてやそれが地面と平行にスライド移動していたら。…目立つ。下手したら都市伝説の仲間入り案件なのでは。もっと違うアプローチでいかないと。


 しばらくぼーっと考え事をしていると、遠くから声が聞こえてきたような気がした。


「ん?なんだろ…」


 ティーはまだ帰ってこない。一人で見に行くのは危険だろうか。


「あ、また」


 男の笑い声だ。何を話しているかは分からなかったが、なんか楽しそう?だ。この森は人の手が入っているようだし、もしかしたら木こりさんかな?


 そう言えば、ティーの話によると1~5キロの範囲内に助けてくれそうな人がいるらしい。禁術を受けていなければその人かもしれない。



「うーん…」



 考えている間に声が近付いてくる。思わず立ち上がって周りをキョロキョロと見回してしまう。

 落ち着け、俺。大丈夫だ。やましいことなど何もない。カーテンの下はちょっと見せられないけど、まさか初対面の相手の服を捲ってくるやつなどいないだろう。


 カーテンをグイッと引っ張って顔を隠し、腹をくくったと同時くらいに相手が姿を現した。



「ああ?何だぁ?」


「……どうも」


 俺は蚊の鳴くような声で返した。


 何故って?

 めっちゃ強面なだからだよ!俺の想像してた木こりさんとかけ離れてるんですけど!なんてワイルドな見た目なんだ!…いや、だめだめ。人を見かけだけで判断しちゃ駄目だ。


 そう思い直して何かを話そうとするが頭が真っ白になって言葉が出てこない。



「何だ、てめぇは。ここで何してやがる」


「……っ」


 めっちゃドスきいてるぅ…!


 緊張のあまり身じろぎすると、顔が見えないように引っ張っていたカーテンが肩までずり落ちてしまった。やっぱりカーテンはカーテンだった。


「ほぉ?これはなかなか…」


 カーテンに気を取られていると、野性味あふれる強面男がにやりと笑った。笑顔ももれなく怖かった。このままでは駄目だ。


 頑張れ俺。何か話すんだ。そう、なんか無難な…天気の話とか…こんな朝早くからお仕事大変ですね…とか?


「…っ」


 グルグルと思考を巡らせるけど、やっぱり言葉が出てこない。こんなにコミュ障だっただろうか。


 意を決して強面男に話しかけようとした瞬間。



「兄貴ぃ、何やってんですかい?とっととずらかるんじゃ……お?」



 増えた。強面男が増えた。

 最初の強面男がAだとしよう。Aは体格のがっしりとした強面男だ。新手の強面男Bはひょろっとしているが貧弱な感じはなく、狡賢そうな印象を受ける悪人面だった。


 強面男AがBの言葉に返事をする。



「おお、追手でもいるかと思ったら良いもんを見つけちまってなぁ」


「ひっひ、確かに。こんな森の中まで逃げてきた甲斐があったっすねぇ」



 なんか風向きが良くない気がする。

 さっきから人のことを『良いもん』だとか表現するし、『ずらかる』だとか『逃げてきた』だとか危ないワードがポンポン出てくる。追手って、この人たち何をやって追われているのだろうか。さすがの俺でも、ここまで言われたら相手が危険人物だって分かる。かなり身の危険を感じている。


 どうやって逃げる?ぶっつけ本番で結界に乗ってみる?でも、木を避けながら飛ばすのは難しそうだ。なぎ倒してもいいけど、そうしてしまうと自分の位置を教えているようなものだし…。



 ティー、どうしよう。早く帰ってきて。もう俺の手には負えません。



 俺は人生で初めての、




 …カツアゲに遭いそうです。

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