第17話 脱出

 翌日の早朝。俺は目覚まし時計の電子音で目を覚ました。


「うーん…おはよう…」



 昨日は晩ご飯を食べてから、せめて砦の外に出るまではやっておいた方が良いんじゃないかとマイホームから出てみたは良いものの、外は真っ暗で何も見えなかった。灯りを点けることも考えたけど、見つかるリスクを考えて翌日早朝の薄暗い時間を狙って行動することに決めたのだ。早起きは苦手だったけど成功してよかった。


 ちなみにお風呂は最高だった。ベッドも言わずもがな。これで冷蔵庫に食材が常備されていたら一週間ぐらい食っちゃ寝して過ごす自信さえある。女神様たちグッジョブ…。お金があればもっと良かったんだけど…。あと服も。タオルにバスローブはあった。でも服はない。


 まあ、無いものの話をしてもしょうがない。それに、着替えが無くても困らないからな。いや、服はほしいんだけど。着替えが無くても困らないというのは、洗い替えが必要ないという意味だ。

 それというのも昨夜、無造作に脱いでかごに入れた服が、お風呂から出たときには綺麗にたたまれていたのだ。しかも良い香りがした。


 そう。お察しの通り、このマイホームは掃除いらずなのだ!まさしく駄目人間製造住宅だ。使った食器もシンクに置けば、あら簡単!パッと消えて食器棚に戻っている。も~、出したら出しっぱなしにして~、なんて過去の自分に文句を言っていた俺とはおさらばさ!



『うにゅうにゅ…。あっ、おはようございます。リッカ!』



 心の中で我がマイホームを絶賛していると、ティーが起きた。…今更だけど、我がマイホームって『我が』と『マイ』、被ってるよな。危険が危ないか。


 どうでもいいことを考えながら「おはよー」と返事をする。まだ眠たそうなティーを眺めていると、自分のテンションの高さがよく分かる。一人暮らしを始めた日のような、そわそわした気分を味わうのは久しぶりだった。



「ティー?ご飯食べて支度したら、パパッと壁の外に出よう!」


『はい!そうしましょう!』



 献立は昨日と同じだ。はやく他の異世界ご飯も食べたいなあ。






 そうして俺たちは今、木立のさらに奥に聳え立つ壁の前にいる。

 その壁はどうやって建てられたのか木立に生えている一番大きな木よりもずっと高く、触ってみると石材?にしては滑らかだ。魔法的な何かで作られたものかもしれない。


「これ、なかなか高いなぁ…。…そうだ。砦の人たちは俺たちを見ても誰も反応しなかったんだから、正面から出ても問題ないんじゃない?」


 こっそり壁際に移動していけば、日月さんにも会わない気もする。一番楽で簡単だと思ったのだが、ティーの反応は芳しくない。


『それはあまりおすすめ出来ないです…。【時の無限回廊】だけなら大丈夫だったのですが…、【洗脳】されている方がいるとなると…。【洗脳】を受けた方がどんな指示を受けているのか、今のところ確認する方法がないんです。門から出ようとした相手を捕まえなさいって指示が出ていたら、私たちは抵抗せざるをえないですよ?』


「ああ…、俺たち戦えないもんな…」


 殺傷能力だけは高いけど、未だにそこまでの覚悟を決められないでいる俺がいた。…漫画とかだと、やむを得ない状況に追い込まれて人を殺し、主人公がトラウマになる描写がよくある。それを乗り越えられる主人公はすごいと思う。逆に俺に出来るか?と考えると、真っ先に思い浮かぶ言葉は『無理!』だ。出来たとしても結界に立て籠もるのが関の山だと思う。


 それに苦しい思いは極力避けたい。出来る事はやるけど、出来ない事を無理にやるよりは出来る人に任せた方が上手くいくと思う。


 やはり、こっそり出るしかないみたいだ。


「ん~…結界使って乗り越える?」


『う~ん…それもちょっと…。昨日確認した感じでは、上まで行ってしまうと遮蔽物が少ないようでした。万が一の可能性を考えると別の手段を取った方がいいかもです…』


「そっかぁ。どうしよ、あっ、壁に一瞬穴あけちゃおう。ちょっとだけなら大丈夫でしょ」


『ふぇっ?』


「よいしょっと」


 俺は自分が通るのに十分なサイズの結界で壁をくり抜いた。くり抜いたといっても結界を動かしてはいないので今は切れ目が入っているだけだ。

 そして壁の外にはみ出している方の結界を外側に大きく、俺たちがいる方の内側はそれなりに伸ばす。壁が崩れると怖いので、この結界はそのままにしておく。さらに、それなりにスペースを持たせた内側の結界内に適当なサイズの結界を作る。

 あとは最初に作っておいた結界内の摩擦を少なくして、内側に作った結界を力任せに外側へ移動させ、くり抜かれた壁を突き当たりまで押し込む。

 最後に、結界に人が通れるサイズの入口と出口を作れば完成だ。通る時だけ摩擦を戻しておくことも忘れてはいけない。ツルツルの氷の上で立っていられない人みたいにならないためにも。


「できたぞ!ティー、行こう」


『わあ~!もうここまで結界を使いこなしているなんて…さすがリッカです!』


 肩に飛んでくるティー。この子なら簡単に壁を越えて飛んでいけると思うけれど…きっと結界で作った穴をくぐりたいのだろう。心なしか羽がそわそわと動いているようにも見える。かわいい。


 早速、結界の中に入ってみると思いの外、壁は厚いものだったようだ。


「うわ…、こんなのを切ったり押したり出来るって本当に規格外だよなぁ…。こんなのマジで人に使う勇気出ないわ」


『使ったらバラバラになるか形が残らないレベルだと思いますよ!』


 ティーが無邪気に残酷なことを言ってのけた。やめて、想像しちゃう。





 壁を抜けたら外側の壁(今はブロックと化している)を逆方向に押し込んで痕跡を消した。少し四角形の痕は残ってしまったが、余程近くまで見に来なければ気付かれない程度だ。内側は木立に、外側は森に囲まれた場所の壁を眺めに来る物好きは流石にいないだろう。


「さてと…、これからどっちへ向かえば良いかな?」


 アウトドアに全くと言っていいほど縁がなかった俺は森の歩き方など分からない。

 そこまで深い森ではないようで、日の光はしっかりと射してきている。明るさに問題はないけれど、森には目印になる看板や建物も無いのだ。この世界の人たちはどうやって森を歩くのだろうか。


『壁際に進んでいけば砦の門に近付くことができますよ。近くまで行って街道を目印に森の中を進みましょう!』


「…そうだった。その手があった」


 今し方ぶち抜いた壁の存在に思い至らなかったことに少しの羞恥を覚えつつ、俺は壁際を歩き始めた。

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