第16話 ラグジュアリー空間

 洗練された高級感が漂うホテルのような空間、統一されたデザインの家具の中で、まず目に飛び込んでくるのは大きなベッド。いかにも高級そうだ。取り敢えず真っ先にベッドへダイブしに行く。清潔感のある香り、体を包み込むように程良く沈む感覚…高級品に縁が無かった俺でも分かる…。これが、ラグジュアリー!


「あああ…こんな贅沢が許されるのか…」


 ごろんと寝がえりを打つと隣には、ティー専用のアンティーク調の鳥かごがある。かごといっても、閉じ込めるような扉は付いていない。そりゃそうだ、ティーはそんじょそこらの小鳥じゃない。やんちゃな悪戯なんかしないのだから。


 鳥かごを観察していると、ティーが鳥かごの中に飛び込んだ。


『わー!わぁー!リッカ、見てください!こちらもふかふかです!』


 鳥かごの中には止まり木と鳥の巣が設置されていて、どうやらティーは鳥の巣がお気に入りみたいだ。小さい足で巣をふみふみしている様は非常に癒される。かわいい。


「あ~…、このままだと寝ちゃいそうだ。ほかの部屋も見てこよ。ティーはどうする?」


『…はっ!私も行きます!』


 座りの良い位置を見つけて、うっとりとしていたティーはすぐに鳥かごから出て、半身だけ起こしていた俺の頭の上に着地した。


 ベッドから降りて一番近い扉を開くと脱衣所があった。


 泊まったことはないけど高級ホテルとかにありそうな雰囲気だ。トイレは玄関の近くにあった。仕事で一回だけ研修先のビジネスホテルに泊まったことあるけど、風呂とトイレが同じ場所だったのは落ち着かなかった記憶がある。それを考えるとありがたい設計にしてくれてるな~と思いつつ、脱衣所から風呂場へと続くドアを開く。



「……………え、なにこれ、そうぞうしてたのとちがう」


『???なんでしょうか…これ。先程のお部屋から続いているので、お風呂…ですよね?』



 ティーは目の前のものがバスタブだと、部屋から判断したようだ。もしかしたら、お風呂の文化に相当な違いがあるのかもしれない。


 にしたってだ。俺だって戸惑ってる。だって、お風呂が丸い。そして広い。窓が大きい。窓の外は、ここが砦近くの木立だったことを忘れさせるくらいの高層からの景色。まだ暮れきっていない空の色がきれいだ。


「これは風呂場じゃない。ラグジュアリーなバスルームだよ。ラグジュアリーなバスルームの部分だけお洒落な字面にしなくちゃいけないやつ。あのキラキラした感じのフォントね」


『??リッカ…?言ってる意味が分からないです…』


「あ、うん、ごめん。これはお風呂だよ…あ、あっちの端にあるの、ティー専用じゃない?」


『これはお風呂なんですか…!私の分まで…素敵です!』


 バスルームの隅にあったのは丸みを帯びた可愛らしいデザインの浅い洗面台のようなもので、水を溜めれば小鳥が水浴びするのに丁度よさそうだ。

 俺とティーは顔を見合わせて笑う。


「使うの楽しみだな~。な、ティー?」


『ですです!では、次に行きましょう!』


「うん!」



 次に向かった扉の先には、台所があった。

 例に漏れずここも普通じゃない。テレビドラマの大富豪の家にあるようなキッチンにカウンターがついていて、そこからダイニングへと料理を提供できるようになっている。


「うわああ…なんて『もやし炒め』が似合わない空間なんだ…。俺、そんなお洒落な料理作れないんだけど…!高級な料理が出てきそうなキッチンじゃん」


『りょ…料理?これは調理場なのですか!?不思議なオブジェが置いてありますよ』


 そう言いながらティーが飛んでいった場所には、これまた高性能そうなポットがある。


「それはポットっていう熱いお湯が出る家電…ていうか、なんでこんな近代化が進んでるの」


『熱いお湯…?火が見えませんよ!?』


 ティーは好奇心のままにポットの周りをグルグル跳ねている。


 それにしても、塔の中はいかにも異世界ファンタジーな雰囲気を醸し出していたのに、この空間は明らかにフォーグガードの世界観から逸脱しまくっている。女神様たちは一体どうしてこんな匠もびっくりな空間を創り出してしまったんだろう。


「電源ケーブルはない、けど電気は来てる。…電気で動いてるのかは怪しいな。水は出る…し…コンロの火も点く。ライフラインばっちりじゃん」



 ライフライン…。自分が口に出した言葉で思い出した。



「…あ、これ俺のせいか!女神様にライフラインの話しした記憶あるわ!それにしても、ここまでしてくれるなんて本当に至れり尽くせりだなあ」


 女神様と大御神様の過剰なまでの心配りに感謝しつつ、マイホームの衝撃で忘れ去られていた当初の予定である水分補給を終わらせることにする。


 食器棚からグラスを取出し、未だにポットを観察しているティーに声を掛ける。


「俺は水飲むけど、ティーはどうする~?ちっちゃい水入れあるよ」


『あっ、飲みますー!』


 後で水を入れようとカウンターに置いた水入れの前にティーが飛んできた。

 一旦自分のグラスを置いて、水を入れてあげようと水入れに手を伸ばすと。


 ティーは既に水を飲んでいる。小鳥特有の忙しないおもちゃみたいな動きが可愛い。


「あれ…?水、入ってたっけ」


『いえ!水入れの前にいたら、水が湧きだしてきました!びっくりです!まるで神器です』


「おおう…おーばーはいてくのろじぃ…」


 フォーグガードの神器がどんなものかは分からないがゲームとかでよく聞く単語だ。なんかすごいものだということだけは分かる。…ということは、このマイホーム自体が神器の塊なのでは。


「…ま、便利だし、いっか」


 俺は深く考えるのをやめて、水でのどを潤した。

 のどの渇きが癒えるとお腹が減ってきたので、冷蔵庫を覗いてみる。が、何も入っていない。


「あー、流石に食べ物は自分で持ち込まなきゃ駄目かぁ…あ、屋台で貰ったやつ食べよう」


 テーブルに運ぶものは、お皿にグラスに…カーテンが邪魔で仕方がない…。でも脱ぐと落ち着かないし、どうしたものか。


「露店で貰ったものの中に使えそうなものあったっけ…」


 収納一覧を見ていくと換金できそうなものとして貰っておいたブローチがいくつかあったので、それを安全ピンの代用として使うことにした。


「よしよし…これで簡単には落ちてこないし、間に合わせにしてはお洒落なんじゃないか」


 ブローチが案外しっかりとした留め具なってくれたおかげで両手が空いた。これで、お皿と水を入れたグラスを同時に持っていける。


 テーブルにお皿とグラスを置いて席に着くと、ティーがテーブルの上にやってきた。


『お食事ですか?私もご一緒しても良いですか?』


「うんうん、いいよ!…えーと…ティーって何食べるの?小鳥の食べれるものと食べれないものってなんだっけ」


 ペットを飼った経験があればよかったんだけど…と考えながら、収納一覧を開いて眺める。鳥が食べそうな豆や米は無い。


『あっ、大丈夫です!体内に取り込んで魔素に変換されるので、食べ物であれば大抵のものはいけますよ!変換の過程で物質はなくなるので排泄もありませんので、そこもご安心ください』


「エネルギー効率の良さが半端ない…。それじゃあ、一緒にこのソーセージのパン食べようか。どのぐらい食べる?」


 小皿を一枚取ってきてティーの前に置いてやる。


『ひとかけらで大丈夫です!』


「え、そんな少なくて本当に大丈夫?もうちょっと食べようよ」


 そう言いながら、パンを大きくちぎっていると、慌てたように跳ねるティーからストップがかかる。


『あわわ、お気持ちは嬉しいんですが食べ過ぎると大きくなってしまうんです~』


「?…おおきく?ティーはもともと小さいんだから、少し多く食べたって変わんないって」


 使徒にも生活習慣病だとか、ダイエットとかいう概念があるのだろうか。にしても、食べなさすぎるのも体に良くないと思うのだけど。


『そのままの意味ですよ?増えたエネルギーの分だけ体が大きくなってしまうんです』


「え?…ということは?今のシマエナガサイズからハシビロコウサイズにもなれるってこと?」


 サイズの例えでハシビロコウを挙げたけど、頭の中ではでっかいシマエナガを思い浮かべる。ティーはシマエナガにそっくりなのだ。シマエナガを真っ白にしたのがティーという感じだ。でっかいシマエナガか。結構かわいいかも!


『ハシビロコウ…?の大きさは分かりませんが体にエネルギーさえ蓄えれば、どんなサイズにだってなれちゃいます!きっとリッカも乗れちゃうサイズにもなれますよ』


 なるほど。ティーの話によれば、大きくなればなるほど維持にかかるエネルギーが大きくなる…。イコール食費が嵩む。今の俺、一文無し。情けなさすぎる。


「オッケー…。俺、はやく甲斐性を身につけてティーがお腹いっぱいご飯を食べれるように頑張る…。頑張るから…」


『リッカ!?違います!落ち込まないでください!お腹が減って小さいわけではないんです!これが普通なんです!リッカ~~~!!』



 …ティーの必死のフォローと共に本日の晩御飯は終了した。

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