第14話 やあ、お兄さん!

「はぁ…はぁ…。ここまで来れば大丈夫かな?」


『う~ん…すぐ見つかってしまうことはないと思うんですけど…。リッカが部屋にいないことに気が付いたら、流石に探し始めるような気がします』


「はぁ~…。だよな~。本命だもんなー、そりゃ探すよなー」


 普通に生活しているように見える人々の群れをかわしながら、俺とティーは街を囲む防壁に向かって歩いている。気持ちは急いているが、思ったより人が多くて走れない。今いる場所は大通りから脇に逸れた場所にある住宅地区らしいので、帰宅ラッシュかもしれないな。それとも週末かな?まあ、問題はそれだけじゃないのだけれども。


「ああもう…!歩きづらい!何で誰も俺を避けないんだよ!避けゲーじゃあるまいし!痛っ」


『時を再現してるだけですからね…。あっ、右斜め方向に広めのスペースがあります!良い感じの高さの花壇が道の端にあるので、座れそうですよ?』


 避けるのに忙しい俺に代わって、ティーが周囲の様子を教えてくれる。


「マジで!良かった~。ちょっと休める…」


 俺は花壇まで小走りで近付き、花壇の端に崩れるように座り込んだ。若さのせいか思ったよりは動けたが、マラソンと競歩と避けゲーを立て続けにやると流石に疲れてしまった。


 しばらく座ったことで疲労が少しばかり回復してくると、街の様子を観察する余裕が出てくる。

 自宅への帰路を急いでいる人や、友人を飲みに誘う人などで賑わう様相は普通の街に見える。表情の抜け落ちた顔でなければ、だが。


「相変わらず変な雰囲気だなあ…お!ティー、見て!露店やってる。…布面積が大きい服あるかな」


『うーん…あの大きさだとアクセサリーくらいじゃないでしょうか?』


「はあ、そんなに上手くはいかないか…そういやお金も持ってないし」


 カーテンローブを目深に被り露店に近付くと、露天商がこちらに気が付いた。初めての反応に戸惑っていると、露天商が感情の乗らない顔で喋り始めた。


「やあ、お兄さん!いらっしゃい!来てもらって悪いんだけど、もう店じまいなんだ」


「お、お兄さん!?」


 いま俺はリッカだ。どこからどう見ても小柄な美少女なはずだ。顔が見えないから間違えたのか?…いや、それは無理があるだろう。体型的には、お兄さんじゃなくて、小僧とか、坊主とか、僕とかの方がしっくりくる。…僕って呼びかけられるなら、美人な年上のお姉さんが良いな。どちらにせよ異性に対する恋だの愛だの、そういう気持ちは湧きあがってこないので意味ないけど。


「というか、ティー?話しかけられちゃったんだけど!?」


『むむむ…こちらの方は【洗脳】にかけられているようです』


「今度は【洗脳】!?どうなってんの!?」


 ティーと話していると、露天商が意味深なことを言い始めた。


「はは、なるほど。そういうことか、分かったぞ?」


「何が!?」


 感情の乗らない笑い声も相当なホラーだが、露天商は何も喋っていない俺を『お兄さん』と呼び、『分かった』といった。

 ばれたのか…!?俺がアラサー男だということが!顔も隠してるし、声も美少女そのもの。まさか…!この露天商、心眼持ちなのか…!?心眼なんてスキル有るのかどうかも知らないけど!

 俺は身を固くして露天商の次の言葉を待つ。


「女の子へのプレゼントだろう?仕方ないな。店じまいは待ってやるから見ていくと良い」


 ずっこけた。


「なんだよ、も~…。びっくりさせやがって…」


 立ちあがってカーテンローブについた埃を払っていると、露天商は尚も話を続ける。


「それで?予算はどの位を考えてるんだ?」


「そもそも先立つものが…」


 そこまで言いかけたとき思いだした。

 この会話、記憶にある。ゲームのイベントだ。偶然出会った露天商が、遅くまで働く(働くときもあるけど、基本はヒロインの誰かと一緒にいる)主人公の為に店じまい後も特別にアイテムを売ってくれるようになるのだ。まぁ、ヒロインの好感度アップのためのアイテムだけだが。さらに言うと、主人公の出世に伴い露天商も出世していき、アイテムのランクも上がっていく。この世界では多分ないだろうけど。


「金が無いのか?なら、商品は売れない…。って、その勲章…。何だ、お兄さん!噂の新入り指揮官様か!」


 勝手に話が進んでいくのをそのままに、俺はゲームの内容を思い起こしていた。

 確か初期のストーリーはこうだった気がする。魔物の急襲で、かませ犬的な性悪指揮官が死に、立て続けに魔物の進撃が始まった。指揮官が殺され戦線が崩れる中、指揮官補佐だった主人公は代わりに指揮を執ることになる。そこからの戦いで勝利を収め、様々な人に認められ、人材不足も相まって正式に指揮官となり、女の子とイチャイチャしたり、徐々に地位を上げていったり、女の子とイチャイチャしたり、魔物を撃退したり、女の子とイチャイチャしたりするのが大まかな流れだ。

 イチャイチャが多いのは仕方がない。そういうゲームだ。


「いや~あの魔物の大軍を退けたっていうから、どんな豪傑かと思ったら…案外、普通な…おっと、悪かった。口が滑っちまったな。お詫びと言っちゃあなんだが、この中の商品を一つだけタダで譲ろう。おっと、遠慮はするなよ?これは砦を救ってくれた礼でもあるんだ。あんたがいなきゃ命が有ったかどうかも分からないからなぁ」


 一方的にそう言って露天商は商品を広げた。のだが、その商品はアクセサリーの類ではなかった。申し訳程度に売られている指輪も、プレゼントにするには飾り気がなさすぎる。


「うーん?何これ…、ティーは分かる?」


『はい!任せてください』


 高所で周囲を警戒してくれていたティーは、俺の肩にとまって商品を眺める。


『では左から、干し肉、塩、薬草類、ポーション、革製の水筒、工芸品のお守り…これは気休め程度の疲労回復効果ですね、指輪…効果無しです』


「ありがとう!へ~、やっぱりポーションって緑なんだ。あんまり美味しくなさそうなんだよなぁ…ん~、いや、抹茶だと思えばいける…?」


 ちらりと露天商を見てみると、彼は微動だにせず固まってしまっている。喉が渇いてきたので、ものは試しにと水筒を指差してみる。


「これください」


「おお!なかなか良いものを選んだじゃないか。これで彼女さんも喜ぶこと間違いなしだ!それじゃ、未来の大指揮官殿!次は買っていってくれよな!」


 そう言いながら水筒を俺に手渡すと、露天商は帰っていった。


「…見て、ティー。もらった」


『ぁわわ…良いんでしょうか?完全に人違いですよね?』


「うん。でも、お金ないし…。女神様たち、付与とかに気合入れ過ぎてお金のこととか忘れちゃったんじゃ…」


 そう。俺達は一文無しなのだ。外に出ても布一枚も買えない。


『お…おかしいですね。女神様のお話では、1~5キロの範囲内に助けてくれそうな方がいるとのことだったのですが…会ったら分かると…』


「範囲ガバガバ過ぎない!?…その助けてくれる人っていうのが、さっきの商人さんだったりしないかな?」


『あれ…?う~ん…そ、そうなんでしょうか…?いえ、でも、帰ってしまいましたよ?』


 露天商がいた場所を眺め、ため息をついた。


「だよなぁ…。まあ、貰っちゃったし…次ここに戻ってきたときに考えるかぁ…」


『そうですね…。助けてくれそうな方に会えるまで、私たちでどうにかしなくちゃいけないですものね!貰えるものは貰っておきましょう…!』


 話がまとまったところで、のどの渇きを思い出した。昼過ぎに転移してきてからというもの、飲まず食わずだった。さすがに水くらいは飲みたい。


「ティー?どこかに水汲める場所ないかな?のどカラカラだよ…」


『あっ、了解です!それでは、空から見てきますね』


「よろしく!気を付けて」


 飛び立っていくティーに声を掛けたあと、改めて通りを見渡してみる。そこにはまだ、ちらほらと露店や屋台などがある。ここが商業地区なら、きっと服もあったんだろうけど贅沢は言っていられない。取り敢えず、お腹も満たしたいので屋台の店主に声を掛けてみることにした。ちなみに、店主は女性だった。見た目は肝っ玉かーちゃんっぽい。

 その屋台では、パンにソーセージ(多分)をはさんだものが売ってあった。こんな夕方までやっていることに驚きだが、俺の予想が正しければ…。


「すいませーん」


「やあ、お兄さん!いらっしゃい!来てもらって悪いんだけど、もう店じまいなんだ」


 やっぱり。露店とかは全部そうなんだろうな。外で商売してる人は皆ヒロイン用アイテム要員になってるのか。俺としては助かったけど、こっちもこっちで判定ガバガバだと思うんだ。

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