第13話 友達
そうだ、本当は気付いていた。自分がリッカという美少女になった時点で、前の俺なら一揉み、いや二揉み…くらいしていたはずだ。何をとは言わないけど。
でも大好きだったものに対して浮かんできた、あまりにもな自分の気持ちについていけない。
こんなに泣いたのはいつ振りだろうか。こっちに来てから、涙腺が緩み過ぎてると思う。おかしい。転移前だってこんな泣いたことないのに。
『実様、大丈夫ですか?』
床で蹲っている俺の頭の周りを、ティルエラが心配そうにチョコチョコと右に左に動きまわっていた。
ティルエラが俺を心配してくれている。その様子を見ていると、荒れていた気持ちが落ち着いていくのが分かった。
俺は顔を上げた。…男として大切な物を失ってしまったけど、この子のおかげで大事な気付くことができた。バッと体を起こすと、ティルエラがビックリしてコロンコロンと転がっている。可愛い。
「ティルエラ!俺と友達になってよ!」
俺はリッカになってしまった。女の人に対して、そういう気持ちは湧いてこなくなってしまった。これでは恋愛など夢のまた夢だ。だけど、まだ出来る事はある!目標を変更して、日本では全く作れなかった【友達】を作るのだ!
ティルエラはきょとんとした顔をしている。
まあ、打ちひしがれて床に沈んでいた人間が、急に満面の笑みを浮かべて友達になってとか言い始めたら驚くだろう。俺だったら引く。やってしまった。友達の作り方なんか知らない。
『友…達。…友達!いいんですか!?ぅわぁ…私、初めてです!』
興奮したように羽をバタバタさせるティルエラ。とても社交的に見えるティルエラは、まさかのお仲間だった。悲しき友達いない仲間だ。
「えー、意外だなぁ。ティルエラって友達多そうなのに」
『そんなことありませんよ。使徒だったときは自分以外の使徒とふれあうことって、なかなかありませんでしたし…』
「じゃあ、お互い友達一号か。ティルエラ、これからよろしく!」
『はい!こちらこそよろしくお願いします、実様!』
初めての友達ができた!鳥だけど間違いなく友達だ!
けど何だろう…漫画とかでは友達って、もっと喋り方とか砕けてた気がする…。ああでも、切り出し方が分からないんだよなぁ。
よし、様付けだけはやめてもらおう。
「…その、実様っていうのなしで」
『えぇ!えっと、なんて呼べばいいんですか?』
「それは…」
呼び捨てにしてもらう?あだ名とか?
そう言えば…よくよく考えてみると、今の俺は『リッカ』なのだ。
「そうだ!」
…閃いた。こういうの一回やってみたかった。
「今の俺はリッカだから…リッカって呼んでほしいかな。本名は俺達の秘密ってことで!」
秘密の共有なんて、いかにも友達っぽい感じがする。
『分かりました、リッカ!リッカですね!』
嬉しそうに目を細めるティルエラ。鳥なのに表情が豊かだ。ちゃんとニコニコしてるように見える。
そんな姿を眺めていると、何かに気が付いたのかティルエラが羽を広げパタパタ動かして俺を見上げている。
『み…ではなく…リッカ!私も!私も何かティルエラじゃない呼び名が欲しいです!』
なるほど…お互いに似た秘密を共有…友達感が増す気がする!
「じゃあ、ティルエラのことはあだ名で呼ぼう!えーと、『ティー』なんてどう?」
ちょっと安直過ぎるかと、ティルエラの様子を観察してみると。
ティルエラは目をキラキラさせて、俺の周りを飛び回りはじめた。
『はい!今日から私はティーです!本名は私たちの秘密ですよ!』
俺の初めての友達がとても喜んでいる。俺が考えたあだ名で。
ティーの喜びように、こっちも嬉しくなってしまう。自分のしたことで相手が喜んでくれるなんて、今までにない経験だ。やっぱり友達作ろう作戦は間違ってなかった!
しばらく俺たちは、ほんわかした空気に包まれて笑いあった。
俺たちが友達になったことを祝福するみたいに、カーテンの隙間からオレンジの光が差し込んでいる。今日は色々挫けそうになったけど、良い一日だった。隙間から見える空のオレンジと淡い紫が綺麗……むらさき?
「ああああ!まずいよティー!あいつら帰ってきちゃうって!」
『はっ!そうでした!みっ見てきますー!』
「頼んだ!」
慌てて飛び立つティー。
その後姿を見送って、しばらく待つとティーから連絡が入った。
『リッカの部屋の窓から正面にはいないみたいです。北側はクリアです!南側も確認してきますね』
「そっか、ありがとう!」
窓側方面にはいないらしいから今のうちにカーテンを取ってしまおう。結界を発動すると、カーテンがスパッと切断されて床に落ちた。
…この切断タイプの結界は生き物に使ったら大変なことになるな。極力使わないようにしよう。デフォルトは、対象が結界内に入るまでは閉じないようになってるっぽい。イメージとしては透明なガラスをすり抜ける感じだ。強制的に遮断するとバッサリいってしまう。良かった逆じゃなくて。強制遮断がデフォだったら怖すぎる。
カーテンを手に取ってみると、切った部分が解れていきそうだ。処理する時間もお裁縫力もないので、そのまま布もといカーテンを適当に被っていると、ティーが帰ってきた。
『ただいま戻りました!まだ彼らは南側の商業区域にいましたから、今のうちに裏口から出れば遭遇することはないと思います。日月さんは、フェロモニカさんとミリアンヌさん、そして新しく双子の少女たちと接触してましたので当分は戻ってきませんよ』
「ああ…双子かぁ。ヒロイン何人いるんだろう。まあいいや、追々考えるとして…まずは塔から脱出だ!」
ティーを肩に乗せ、勢いよく部屋のドアを開けて廊下に出る。
『あっ』
「やばっ」
兵士っぽい人が、こちらに向かって歩いてくる。完全に油断していた。どどどどうしよう!リッカの立ち振る舞いなんて分からないんだけど!しかも部屋の備品を壊して持ち出してるし!どう誤魔化したら…!
「って…あれ?」
近くで見ると死んだ魚のような目をした兵士は、俺たちの目の前すれすれを、まるで見えていないといった様子で通り過ぎていった。そんな兵士の後姿を見送った俺たちはというと。
『…通り過ぎていきましたね』
「…うん。とりあえずは見つかっても大丈夫そうだね。それでさ…見て分かったんだけど、あの人、状態異常だよ。ちょっと詳細までは分からなかったけど、心当たりある?」
おそらく女神様たちのおかげだろう。兵士が通り過ぎたとき、なんとなく異常があると分かった。
『そうですね…。まさかと思いましたが…でも…あれは』
ティーが、可愛らしい姿にそぐわない雰囲気を醸し出している様子から、その言葉の後に何が続くか俺にも分かってしまった。
「まさか、禁術だったり…する?」
『…はい。おそらく、【時の無限回廊】だと思われます…。あれは、指定された時間が延々と再現される術です。でも何で…。…いえ、後にしましょう!今は、ここから出ないことには』
「だな。なんかもう気になることだらけだけど、早くしないと日月さんたちと鉢合わせするかもしれないし…。危ないことは取り敢えず避けていこう」
俺とティーは頷き合うと、慌ただしく塔を駆け下りていった。
…カーテンローブ、走りづらいな。
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