第12話 俺の大切なキモチ
ティルエラが飛び立ったのを確認してから、目を閉じて小鳥目線を意識する。そうすれば良いと、なんとなく分かった。
目を閉じていて真っ暗だった視界がパッと明るくなった…が地面が遠い。膝がヒュンッてなった。しかもこれ、絶対酔うやつ。俺FPS系ダメなんだよなぁ…。
「こちら実ー。視界良好。どうぞー」
『はい!こちらティルエラです!まだ露出多めの金髪美女は見当たりません!どうぞ!』
ティルエラは元気いっぱいだな…ってあの子普通に喋っちゃってるじゃん!
「ちょ、待ってティルエラ。鳥は喋らない!色が普通でも、その時点で普通じゃない!」
『ふふふ、大丈夫です!私の言葉は実様にしか聞こえません!他の方には小鳥のさえずりにしか聞こえていませんのでご安心を!』
「なるほど…りょうかーい。ところでティルエラ~…まだ…?…気持ち悪くなってきた…ぉえっ」
『ふぇええ!?早過ぎやしませんか!?少し待っ…あっ!いました!接近します!』
さすがティルエラ、目が良い。俺は全く分からなかった。急降下に耐えられないので十数秒だけ視界を戻して、もう一度つなぎ直す。
『どうでしょう?こちらの方々で合ってますか?』
ティルエラの視界に映っている人物を確認すると、確かに肌の露出が多い金髪美女がいた。その隣には、茶髪に鳶色の目の非常に地味な男が。なんというか、良く言えば親近感が湧く外見、悪く言えば、正直次に会っても顔を覚えていられる自信がないくらいには個性がない。主人公の服を着てるやつとして覚えておくしかないな。
…元の俺とどっこいどっこいなルックスで美女を侍らすとか爆発すれば良いと思う。
割と真剣にどうでもいいことを考えていると、会話が聞こえ始める。ティルエラの位置取りは完璧だった。
「うん。会話も聞こえるし、完璧!」
『良かったです!では、聞いてみましょう』
一人と一羽が耳を澄ますと…
『うふふ、今日はありがと♡…ネックレス、嬉しかったわぁ』
『気にしないでくれ。よく似合ってる』
よほど嬉しいのか、フェロモニカの体はクネクネクネクネと動いている。落ち着きが無い。
まぁ、ゲームキャラってこんな感じだよね。RPGとかの戦闘で待機中に無駄にクネクネしてるキャラいるし。
…あれ…おかしいな。ゲームで色っぽいキャラの仕草を見たときは、際どいラインが見えそうで見えなくてドキドキしてたんだけど…。推しキャラじゃないからだろうか。落ち着きのないやつだな、普通に立っとけよ、なんて思ってしまった。
そんな小さな引っ掛かりが気持ち悪い。でもまだ二人の動きを観察しなければと気を取り直す。
二人は他愛もない話をしながら歩いている。夕方になり冷え込んできたのか、フェロモニカが身を震わせて自分の体を抱きしめた。同時に豊かな胸が押し上げられて谷間が強調される。
彼女の動きに気が付いた日月さんが自分の上着を彼女の肩に掛けてあげていた。
『あらぁ、優しいのね♡ありがとう。…でも、レンヤは寒くないのかしら?』
心配そうに日月さんを見上げるフェロモニカ。
『俺は大丈夫だ。それよりも君が…』
それ以降の話は頭に入ってこない。好きだったゲームのキャラに苛立ったのは今日が初めてだ。ショックのあまり、口から本音が出てしまう。
「いやいや、おかしいよね?最初から、ちゃんと布面積のある服を着てくればいいじゃん。ここに住んでるんだから、夕方は冷え込むなんてこと絶対分かってんじゃん。しかもクネクネクネクネ…」
棘のある実の声にティルエラがたじろいでいる。
『み…実様?大丈夫ですか?』
「はっ、ごめん。ティルエラ…ちょっと見てるとイライラ…なんでだろ、前はこんなことなかったのに」
そうだ。転移前の自分なら大喜びで眺めたはずだ。あんな動きを目の前でやられたら一発でノックアウトされる自信があった。日月さんのようにスマートな動きは出来ずに、胸に目が釘付けになること間違いなしだったろう。
なぜ…と考え込む俺の耳に、遠くから涼やかで優しい声が届いた。
『レンヤ様!』
声の持ち主は息を弾ませて走ってくる。
俺は彼女のことをよく知っている。
影になり日向になって俺を支えてくれた…俺の天使。彼女がいたから、どんな理不尽にも耐えられた。彼女の為に働いたといっても過言ではない。俺は運営の良きATMだったろう。課金し過ぎて、ご飯が連日もやし炒めでも彼女がいればそれで良かった。
彼女の名は…
「ミリアンヌちゃんだ!」
薄い水色のストレートヘアーを揺らしながら走ってくるミリアンヌ。ああ、本物だ。
彼女の設定は何度も読み込んだ。ミリアンヌの持つ祝福は治癒。砦の防衛戦に組み込むと、騎士たちの体力を徐々に回復することができる。優しい彼女にぴったりの能力だ。そして清純で誰にでも分け隔てなく接するため、街の人々や騎士たちは彼女を聖女と呼ぶ。世間知らずな一面もあるが、それもまた魅力的だった。
そんなことを考えながら彼女を眺めていると…
『きゃっ!』
ミリアンヌが躓いた。何も無いところで。
「あっ!…こっちのミリアンヌちゃんもドジっ子?」
『ドジっ子ですか?って…ええっ!?』
「!?」
自分のよく知るゲームのミリアンヌちゃんと、オリジナルのミリアンヌちゃん。どのくらい違うのだろうかと考えている最中、とんでもないことが起きた。
ミリアンヌの体が回転したのだ。あれは受け身なのか?運動は得意じゃないから分からない。…けど凄い動きだ。知らなかった。運動神経が良いという設定はなかったはず。もしかしたらオリジナルのミリアンヌは俺の知ってるミリアンヌちゃんとは全く違う性格なのか…他の人々のように、そう動くようにされているのか…
怒涛の展開に混乱してきた俺は、目の前で(実際はティルエラ目線だけど)起こっていることに集中することで心の安定を試みた。
「おっとぉ!受け止めようと動く日月選手!だが間に合わない!その間に非常にアクロバティックな動きでフィニッシュに入るミリアンヌ選手!果たして着地は成功するのか!…どうだ!見事なアヒルちゃん座りだ!ゲーム内のスチルを見事に再現している!だが何故だ!なぜ正面にいたはずの日月選手に背中を向ける形になってしまったのか!それに…!現場のティルエラさん!見ましたか!?あのスカートの不自然な動きを!!」
『ふぇ!?…は、はい!途中までは素晴らしい動きを見せてくれたミリアンヌ選手でしたが、スカートの動きは不自然すぎましたね!微弱ながらも魔力を使ったのが分かりました!これでは自らスカートを捲ったのがばれてしまいます!無理に向きを変えたのも残念な点でしたね!私の下着を見てくれと言わんばかりの体勢はいかがなものでしょうか!?』
乗っかってくれるティルエラ。ありがとう。ティルエラのおかげで俺の心は少し救われたよ。
でも…。
「ティルエラぁ…どうしよう…なんかぁー…、目の前がぼやけて…ぐすっ」
『あわわ…実様、お気を確かに…』
ティルエラを困らせているのは申し訳ないけど、正直それどころじゃなかった。
俺は気付いてしまったのだ。
転移前、あんなに渇望していたミリアンヌちゃんのパンティー。少々ドジっ子気質も持ったミリアンヌちゃんだから、こっちでも見られるかもと密かに期待していたミリアンヌちゃんのパンティー。
「…何とも思わなかった!それどころかっ!あんなに大好きだった、俺を支えてくれたミリアンヌちゃんに対して…っ、ちょっとイラッとした…どこが清純だよって!自分からパンティー見せにいくなんて、ただの痴女じゃないかぁ!うわああああああん」
『実様!落ち着いて!すぐそちらに戻りますから!』
そんなことを言われても、落ち着けるはずがない。俺はくずおれた。
理想と現実のギャップ、自分が失ってしまったものの大きさに俺の心は酷く掻き乱されて、目の前の床を叩く。
「女神様ぁ!こんなのってないよ…!返せよぉ!俺の大切ものを返してよぉ!嫌だ…こんなの認めない!嫌だぁああああああああ!!!!」
そう、俺は男として失ってはいけない大切なキモチを失ってしまったのだ。
そして、この日は人生で初めて心の底から明確なノーを叫んだ日になった。
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