第9話 転移完了

 覚えていない夢を見た後のように、ふわふわと意識が浮上するような感覚で目が覚めた。

 カーテン越しに差し込む明るさからして、時刻は朝というよりも昼に近いかもしれない。


 取り敢えず体を起してみるけど、まだ寝足りないような、そうでもないような。寝直そうかと思いつつ一つ欠伸をし、のろのろと辺りを見回してみた。目を擦りながら窓際まで移動し、いつもの調子でカーテンを開けようと手を伸ばす。

 握りこぶしほどの幅を開いたところで、実こと俺は硬直した。


 カーテンの隙間から覗く世界は、馴染みがあるようでない、知っているが実際に見たことのない世界が広がっている。


「…!?……!?」


 ゆっくりと何度か閉めたり開けたりを繰り返すが、その景色は変わらない。ピシャッという音とともに、一旦カーテンを完全に閉め、そこでやっと状況を把握した。


「そうだった!俺、フォーグガードに転移してきたんだった!」


 訳が分からない状況から脱すると外の様子が気になってきたので、もう一度、カーテンをほんの少しだけ開き、こっそりと覗き見る。がっつりカーテンを開ける勇気は持ち合わせていない。


「俺は慎重派だから、とは言わない。正直ビビってる。独り言だって、人に聞かれないくらい小さな声で喋ってる。じゃあ、黙ってろとか言わないで。発散したいの。行き場のないこの気持ちを発散したいの!」


 ひとしきり騒いでみた。もちろん小さな声で。



 …落ち着け、俺。誰に語りかけてるんだ。まずは、状況を確認しよう。



 隙間から見える世界は、背景イラストでしか見たことのない景色だ。全体的に白い。真っ白な街らしき建造物が、真っ白な高い防壁に囲まれている。素材は何で出来ているのかは分からないけど、公式設定では、どこかの観光地をモデルにしたとかなんとか言っていた気がする。残念ながら、その辺には興味が無かったから覚えていない。



 あれ?ゲームでは砦の真ん中に、高い塔が建っていたような…。



「あ」


 俺は気付いてしまった。なぜ、都市が見渡せるのか。

 なぜ、こんなにも視点が高いのか。


「嘘だぁ…!それって塔の中にいるってことじゃん!塔の中って、ゲームの設定では砦の中の拠点じゃん!まだ心の準備出来てないんだけど!なんでここ!?(小声)」


 膝から崩れ落ちた拍子に、赤く柔らかな髪が床についてしまう。


「…髪、長くない?こんなサポートキャラいたっけ?」



 そういえば、声も高い気がする?



「んんん…?ショタ?新キャラ出てた?」と部屋を観察してみると…


 あるのは、さっきまで寝ていたベッドとクローゼット。扉の向こうは分からないけど、全く生活感がない部屋に驚いた。まあ今はお目当ての姿見があっただけでも良しとして、自分の姿を確認してみようと移動する。


 なぜか妙な肌寒さを感じながら、姿見の前に立つ。



「…は?」


 美少女が立っている。

 ふんわりとしたロングの赤毛に、つり目がちのパッチリとした金色の目。低めの背丈に華奢な体つきは、世の男性の庇護欲をかき立てるかもしれない。


「…まって。まって。おれのおもってたのとちがう!なんで!?これ『リッカ』じゃん!!メインキャラじゃん!!(小声)」


 頭を抱えてブンブン頭を振ると、目の前の鏡に映った美少女も同じ動きをする。


 そして更なる問題。服装だ。薄々嫌な予感はしていたけど、肌寒さは精神的なものではなかった。


「おかしい!ぜったいおかしい!こんな水着以下の下着!そりゃ物理的に寒いわ!パジャマ着ろよ!風邪引いちゃうだろ!?…って違う!ツッコミどころはそこじゃない!!てか今まで気が付かなかった俺も俺だわ!(小声)」


 一息に言いきったせいで呼吸が乱れてしまった。ひとまず落ち着くために、大きく息を吸い込み吐き出す。


「…だいじょうぶ。おれ、つよいこ。とにかく、ふくをきよう。かぜひいちゃう」


 自分に言い聞かせてみるけど、声の震えが止まらない。これは寒さのせいじゃない。

 震える手で、クローゼットに手をかける。


 クローゼットの中身は、予想通りのものだった。

 ハンガーにかけられている服は数種類。『リッカ 通常ver.』に『リッカ 水着ver.』、『リッカ ハロウィンver.』などなど。その全ての露出度が酷過ぎる。とにかく露出の少ないものを探そうと、順番に吊られた衣装を右に送っていく。


 結果、全て露出度が高くて、『リッカ 通常ver.』が一番マシだった。


 トップスは襟付きのベストのような形をしていて、大きなリボンのみで留まっている。そこから下はフリーだ。ボタンもフックも何もない。極めつけに、丈は胸が隠れる程度しかない。そんな服を公式リッカは着こなしていた。実際問題、風が吹いた途端に防御力はゼロのような気がするんだけど。

 それから、足を通す形になっている一応ズボンっぽいもの?は太ももに向かって広がっているので、こういうのもスカートに分類されるのだろうか。男だった俺には分からないし、そこは問題じゃない。これも丈が酷いしローライズなのが問題だ。角度によっては布面積の少ない下着が見える。これで一番マシなのだから困る。

 あと、服の袖だけ取ったっぽいものも付いていたけど、装着する意味を見出せなかったので放置した。

 救いは靴下とブーツは普通だったことだけだ。どっちも丈は足首が隠れるくらいしかないけど。ヒールがあまり高くないものでよかった。もし高かったら転ぶ自信しかない。


「どうしようどうしようどうしよう…これは問題だぞ…!転移したら女で、外歩ける服がない!とりあえず大きな布が欲しい…!」


 大きな布を求めて部屋中を探しまわる。

 この部屋に風呂はついていなかったのでバスタオルの選択肢は消えた。


 知ってた…。ミリアンヌちゃんの、お風呂でムフフなイベントも大浴場的な場所だったし…。期待してなんかないし…。


 布団は重いし厚過ぎるので却下した。バスタオルでも怪しさ満点なのに、布団かぶって外歩くとか悪目立ちし過ぎる。



 何か…!もう何でもいいから俺に良い感じの布を…!



「はっ!」


 もう一度、部屋を見回してみると、そこに布はあった。

 大きさも申し分ないし、厚さも悪くない。かぶればローブのような雰囲気が醸し出せるかもしれない。


「カーテンだ!」


 喜々として大きな布、もといカーテンに飛びついたのはいいけど、窓の位置が高くてギリギリ手が届かない。外すには椅子が必要だ。自分の背が低いのか、カーテンレールの位置が高いのか。


 …どっちもか。


 窓枠に足を掛けてみたものの、思うようにバランスが取れず断念した。この体、思いのほか運動神経が良くない。神様が付与してくれたという力はいずこに。

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