第8話 旅立ち

「…んんん?」


 疑問符の取れない実に、どう言えば伝わるかと、大御神は顎に手をやり少しばかり思案し口を開く。


「では、実よ。夢を見たことがあるか?」


「? ありますけど…」


 質問の意味が分からず、また首をかしげる実に大御神は質問を続ける。


「実が見た夢で、最も印象的なものを教えてくれるかのう?」


 質問を受けて、実は視線を宙に彷徨わせながら考える。


(う~ん、印象的な夢…トイレに行きたくてトイレ探してる夢とか…いやでも、起きたら漏れる寸前だった、までがセットだから何か恥ずかしい。あっ、ゲームし過ぎたときに、そのゲームの夢を見たな。それで行こう!)


「ゲームし過ぎたときに、そのゲームの夢を…あ」


 そういうことかと大御神を見ると、彼女は大きく頷いた。


「そうじゃ。お主、夢の中でどう振る舞った?思うように動けたか?」


「いえ、何故か普通に変な選択肢選んじゃって…起きてから、なんでそんな選択肢選んだんだって…自分に突っ込みを…」


 実は思い出してしまった。

 重要な選択肢だったのだ。夢だったとしても、一番のお気に入りキャラクター『ミリアンヌ』と結ばれるチャンスだった。何故か好感度なるものが存在しており、彼女の好感度はマックス。

 そこに現れたのは簡単な選択肢。


『告白する』

『告白しない』

『求愛ダンスを踊る』


 実は『求愛ダンスを踊る』を選んだ。

 おそらく原因は、夢を見た日から一週間ほど前、偶然目にしたテレビ番組だ。変わった色彩の鳥が、意中のメスと番いになるため懸命にダンスを踊るシーンだったのだ。


 夢の中の実は懸命に不気味なダンスを踊った。手を大きく広げ、首を素早く左右に動かし、足は小刻みにステップを踏みながら右に左にスライドする。

 気が付けば体は鳥に、目の前にいたはずのミリアンヌも鳥になっていた。さらに追い討ちをかけるように、求愛ダンスは失敗。ミリアンヌであった鳥に逃げられてしまう。

 何度か寝直してみたものの、もうミリアンヌが夢に出てくることはなかった。しょっぱい記憶を思い出したせいか、実の表情も心なしかしょっぱい。


「彼も、被害者だということですか…」


「うむ。今の日月に正常な判断力は無い。父上と母上も、日月の魂を【フォーグガード】から取出すことさえできれば、スキルを取り去り日本に帰しても良いと言っておるのじゃが…、世界に組み込まれている状態では、女神も妾も手が出せぬ」


「そこで、俺の出番なんですね?」


 大御神は「そうじゃ」とだけ言うと、女神に話の続きを促す。


「はい。では、実さんの【フォーグガード】での体の話ですが、日月さんが作り出した体がありますので、そちらの体で行動していただければと思います。

 実さんに、一度限り魂を体に定着させる因子を組み込みますので、最初の仕事は体を手に入れる事ですね。これで、その体に縛られている数人の魂は一時凍結され、実さんが主導権を握ることができます。実さんが日本にお帰りの際に、体の持ち主は在るべき姿へ元通りになりますので彼らへの心配もいりません」


「なるほど…それは安心って、スタートが日月さんの近くってことですか!?」


 慌てて身を乗り出したため、椅子がガタッと音を立てる。


「そうなりますね…。ですが現在確認したところ、日月さんとの接触が少なめの体がありました。そちらに送りますので、ご安心ください」


「そうですか…。分かりました」


 椅子に座り直しながら、実は別のことに思考を奪われていた。


(日月さんが作った体か…。どのキャラだろう?接触が少ないなら男キャラだろうな。メインキャラは美少女or美女だし。サポートキャラだったら…結構イケメンかも!?颯爽と現れ、人々を救う俺!?モテの香りがプンプンする!!)


 妄想が捗る彼に最後まで気付かなかった二柱の神によれば、実に頼みたい仕事というのは以下の通り。


 まず、体を手に入れる。次に、順番は問わないが、ゲームキャラクターにされてしまった人々の解放、禁術に使われた媒体及び施設の破壊、『日月 蓮也』の魂を日本の大御神のもとに送還する、という内容だ。


「サポートもつけますので、ざっくりと覚えておいていただけたら充分です。また、転移時のお仕事に支障をきたす可能性がありますので、雑念と言いますか…煩悩的なものと言いますか…。取敢えずその辺りの抑制を多少させていただきました」


 話を終えた女神が改めて実に問いかける。


「ここまでの説明で何か気になることや、分からないことはありますか?なければ、これから転移に移らせていただきますが…」


「う?えーと…う~ん…多分、大丈夫です」


 自信なさそうに返事をした実の正直な感想は、『分からないことが分からない』だ。

 例えるならば、携帯電話ショップで新規契約や機種変更の説明を延々と聞き、「何かご不明な点はございますか?」と聞かれるも、話を聞き続けることに疲れ果てて考えることを放棄してしまった状態に限りなく近い。

 実の返事を受けて、二柱の神が彼に向けて両手をかざす。

 実が流れ込んでくる温かい力を受け入れていると、こちらに呼ばれたときと同様の眠気が襲いかかってくる。


「どうか、【フォーグガード】をよろしくお願いします」


「準備は万端じゃ。楽しむ気概で行ってくるとよいぞ」


 二柱の神の柔らかく歌うような声音に、なんとか頷いたところで彼の意識は途絶えた。








「良かったのでしょうか?これで…」


 実が旅立ったあと、女神は俯きがちに大御神へと話を振る。


「『良かったのか』とは、どっちの話じゃ?」


「どちらもですよ…!本当は実さんじゃなくても良かったのでしょう?ただでさえ、大変な目に合わせてしまったというのに【フォーグガード】の問題にまで巻き込んだ上に…騙し討ちのような」


 大御神は腰に手をやり、小さくため息をついた。


「その話はもう済んだじゃろう?あのまま日本で過ごしていても人間的な成長は見込めなかった。【フォーグガード】にて新たな絆を結ぶべきじゃ」


「それは…そうなのでしょうけど…。…あの場では、『雑念』と誤魔化しましたが、そういった煩悩は成長の上では多少なりとも必要なのではないですか?」


 大御神は手を腰に当ててガックリと下を向き大げさに頭を振る。


「甘い。お主は甘すぎるぞ。和三盆糖、いや砂糖を入れ過ぎた餡子よりも甘い。日本での実は人と上手く付き合えなかった。それが幸いして、詐欺師などにも騙されることなくきたのじゃ。あのままでは、『ミリアンヌ』とやらに会った途端に籠絡されかねん。今や彼女も正常ではないじゃろう」


「!…はい。たしかに…、とても思い入れのある人物のようでしたし、その可能性は否定できませんね…」


 肯定はしたものの、まだ浮かない顔をしている女神に大御神は「よいか?」と続ける。


「『傾国の美女』という言葉もあるように、如何に優れた人物でも女で身を持ち崩す者もおる。警戒しておくに越したことはない。実に恋愛は時期尚早というものじゃ。失敗すればお主の愛する子らも死に絶えるぞ」


「…そう…ですね」


 日本で実を見守っていた大御神が言うのだから、と女神は目を閉じて静かに長く息を吐き出し気持ちを整える。目を開くと、その瞳には強い光が宿っていた。


「本来なら、私が考えなければいけないことでした。ありがとうございます。…【フォーグガード】存亡の機に私が心を揺らしていては話になりませんね」


 女神はしっかりと大御神を見つめる。その目をみた大御神は安心したように笑った。


「ふふ…。お主もなかなか様になってきたではないか。実のこと、くれぐれもよろしく頼む。何かあれば連絡を寄こすのじゃぞ?此度の件、何やらきな臭いからのう」


「はい。色々と調べてみますので、また近々相談に乗っていただけると助かります」


「うむ。待っておるぞ。では、妾は実の体を回収してくるか」


「それじゃあの」と言い残し大御神は去っていった。

 残された女神は右手を空に伸ばす。


「さあ、あなたの出番がやってきましたよ?」


 白く眩い光が女神の指先に集まる。

 光が集束し終えると、彼女の指先から可愛らしい純白の小鳥が羽ばたいていった。

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