第7話 主人公より主人公

「娯楽のせいで【フォーグガード】が大変なことに?」


 どういうことだろうかと実は女神を見た。そして、ふと喉の渇きを覚えた彼は今まで飲み損ねていた冷めた紅茶に手をつける。ついでに、ほとんど減っていない焼き菓子にも視線をやった。種類には詳しくないがどれも美味しそうなものばかりで、どれからいこうかと画策している。


「はい。実さんも、よくご存じの『White Fortress Wizard』です。『日月 蓮也』さんも、そのゲームが好きだったらしく、現在【フォーグガード】でスキルを使用して登場人物を再現し始めてしまったのです」


 二柱の神と話すことにも多少慣れ、余裕が出てきた実は話を聞きながら焼き菓子に手を伸ばす。結局、端から全制覇することにしたようだ。


「日月さんって、どんなスキルを貰ったんですか?あのゲームの登場人物っていうと…ロボットでもゴーレムでもない人間なのに、それが創れるって凄くないですか?」


「創る…とは、また別物になりますね。『日月 蓮也』さんに与えられたのは前文明のスキルで『対価創造』といい、一からではなく、素材を使用して別のものを作り出す能力です」


 鋼の何某を連想させる能力に、実は思わず反応してしまう。


「なんか…錬金術師みたいですねぇ」


 女神は困り顔で、かぶりを振った。


「錬金術とは違い、生きているもの…単一の素材ではなくて、もともと複数の素材が多量に複合されているものや、動の性質を持つものも素材に出来てしまうのが厄介なところです」


「なるほど。リスクも無くそのようなことを繰り返し行えるのであれば、当然、動物や人間に行き着くであろうなぁ。ついでに言うと、日月は美術家として評価されておったからのう。素材を使い作品を生み出す性質が、与えられるスキルに影響したのかもしれぬな」


 新たに判明した日月の職業を聞き、遠い目をした実。その瞳は虚空を見つめているが、菓子を口に運ぶ手は止まっていない。そんな彼の様子に、女神たちは何事かと顔を見合わせる。


 サクサクと小気味良い音とは裏腹に、沈んだ声で実はポツリと呟いた。


「なんか…名前も主人公みたいでカッコいいし、職業も珍しいし、スキルも使いこなしているみたいだし…俺みたいな平凡な人間が向こうの世界に行っても、ゲームのモブキャラ…、いや雑魚モンスターのように殺られちゃったりしないですかね」


 無双系ゲームの名もなき足軽やファンタジー系ゲームの始まりの村周辺のモンスターを思い浮かべてしまい、死にに行けと言われたような気になった実は悲壮感溢れる表情で過食に走り始める。目の前にある菓子を全て平らげるかのような勢いだ。


女神たちは慌ててフォローを入れる。


「だっ…大丈夫じゃ!安心せい!実の身は妾たちが必ず守ると約束する!スキルも魔力もてんこ盛り!実の好きなゲームに例えるなら、推しへ重課金…いや、廃課金する勢いで付与する予定じゃ!」


『バッ』という効果音が付きそうな勢いで、大御神は「のう!女神よ!」と女神を見やる。


「はい!二柱がかりで因子を付与させていただきますので、向かうところ敵なしです!それに、行ったきりにはしませんのでご安心ください!」


 それを聞き、菓子を貪る実の手が止まる。


「本当に…?行ってすぐ死んだりしません?」


 まるで、捨てられた子犬のような眼差しで二柱の神をみつめる。

 自ら異世界転移しようと決心した人間らしからぬ態度だが、実は一般人も一般人。不安に思うのも不思議ではない。ただ、その平均的な一般人の『捨てられた子犬のような眼差し』が可愛いかと言われれば、可愛くはないのだが。


 そんな実の眼差しを受け、二柱の神は手を取り合い「更に因子を増やしましょう!」「うむ!」と頷き合っている。

 敢えて言うなら、『こうかは ばつぐんだ!』というべきだろう。神々に課せられた世界への干渉規制は、彼女たちの性質を危ぶんでのものかもしれない。こうも大盤振る舞いしてしまっては、世界は超人だらけだ。


「では、先に実さんの転移条件について話しましょう!きっと、そちらの方が安心できると思いますから」


 女神は労わるように実に微笑みかけた。

 幾分か落ち着いた実は菓子を食べる手を止め、女神の話に耳を傾ける。


「まず、実さんの地球での体は、こちらに置いていっていただきます。つまり魂のみを【フォーグガード】へ送ります。向こうで私のお願いを達成していただけた場合と、万が一、亡くなってしまった場合は元の体で日本の現時刻に帰ってこられるようにしました。これで、実さんが心配していたPC、プリン、ゲームは問題無いはずですよ」


「実の体は一時的に妾が預かることになる。安心して任せるがよいぞ」


「あと、お願いする仕事の成否は問いません。もし、やり直しが回避できなければ私も一柱の神として覚悟を決めておきますので…!それから、失敗した場合は実さんにとっても…後味の悪い記憶になってしまうと思いますので、転移時の記憶は失われるようにしておきます」


 まさかのノーリスク安心保険付きの転移に呆けてしまう実。失敗してもお咎めなし。死んでも記憶は残らない。いつもの生活に戻るだけだ。一気に肩の力が抜けたが、気になるのは【フォーグガード】での体だ。魂だけで行っても体が無ければ始まらない。


「至れり尽くせりで…ありがとうございます。それで、転移した後の体って、どうなるんですか?」


「はい。こちらはお願いしたい仕事に関係してきます。『日月 蓮也』さんがゲーム『White Fortress Wizard』の登場人物を再現した、と言いましたが…厳密に言いますと、数人の人体を合成し、その複数の魂を無理やり縛りつけて、ゲーム登場人物の容姿と人柄を再現しているのです。」


 みのるは驚きを隠せなかった。たまに、サイコパスなどの言葉を聞くことはあれど、同じ日本に生まれた人間として道徳的にどうなのか、と。

 しかし、頭の隅では、不謹慎にも再現されたキャラクターに会ってみたいとも思っていた。転移が安全だと分かったからこその余裕である。未だ現実感が伴っていないようだ。


(え~!人を無理やり合体させてるのはどうかと思うけど…どのキャラが再現されてるんだろう!見るの楽しみだなぁ。特に美少女キャラ!あのゲームのキャラデザ、露出度高かったからなぁ…!)


 平静を装い神妙な顔を作りながらも、ムフフな衣装を身に纏う美少女達の姿を思い浮かべるムッツリスケベが神聖な神の御前に一人。このポーカーフェイスも、あらぬ疑いをかけられまいと日本で身に付けたものだが、神の前でやることではない。


 …しかし許してやってほしい。想像は想像だからこそ美しいのだ。転移後にムフフな展開などないことを彼はまだ知らないのだから。

 実がムフフな想像をしているとは露知らず、女神は話を続ける。どうやら、これといって意味のない神妙な表情から心情を察したようだ。


「取り分け治安の良い場所で生まれ育った実さんには、簡単に人を材料にしてしまうなど理解しがたいかもしれませんね…。ですが、これには理由が有るのです」


 実は、ムフフな想像をしていたとは思わせない沈痛な面持ちで「どんな理由が…?」と尋ねる。


「それは妾から話そう。これは、日月が正常に転移をしていれば起きなかった事態じゃ」


「正常に転移していれば…っていうことは、境界の穴に吸い込まれたことが原因なんですか?」


「そうだが、それだけではない。あやつは彫刻の最中に梯子から転落し病院に搬送された。今も生死の境を彷徨っておる。すなわち、転移した自覚云々以前に、完全には目覚めておらぬ。」


「…んん?」


 実は、首をかしげる。本日何度目だろうか。人間の首の可動範囲がもっと広ければ、フクロウの仲間入りができそうだ。


「それは…寝ぼけ眼で非人道的な道を突き進んでると?その人どれだけ闇を抱えてるんでしょうか…?アーティストってそんな感じなんですかね…」


 芸術家の考えてることは分からないなぁ、と実が自己完結しそうになっていると、大御神から訂正が入る。


「いや、そうではない。あやつはまだ寝ておる。【フォーグガード】という現実世界の中で夢を見ておるのじゃ」

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