第5話 異世界へ吸い込まれた男

 大御神は、理解しようと頑張っている実に好感を抱き、目を細めた。


「良い質問じゃ。その答えは、【フォーグガード】の先任の神が色々とやらかしてしまって天地創造からやり直したからじゃな。先任の神は今、別の世界の神の下で見習いをやっておる。女神は後任として【フォーグガード】の神に選ばれた。ちなみに、現在【フォーグガード】は、やり直しの一歩手前になるのう」


「て…天地創造…!?その…やり直しってどの辺りからですか?」


「ふむ、基本はまず隕石を落とすなどして生き物が住めない星にするところからが始まりじゃな。補足すると、天地創造は巨大な力が動くため、世界間のバランスは崩れぬ」


「うわぁぁぁ…ゲームに例えると、手塩にかけて育てたキャラが全消しって事ですよね?想像したら心中穏やかじゃいられません…!」


 実の言葉に反応して、女神が勢いよく顔を上げ捲し立てる。


「わかってくださいますか!そうなんです!心中穏やかじゃないんです!何か解決策はないかと地球の他の神様にも聞いてみたんです!そうしたら…!そうしたら…」


 女神の勢いが段々と弱くなっていき、しまいには頭を抱えてしまった。情緒不安定すぎる女神の様子に大御神と実は、どうしたものかと顔を見合わせる。少し考えた後、取り敢えず話の続きを促してみることにした。


「女神よ。そうしたら、どうしたのじゃ?」


「なんか大変なことでも言われたんですか?」


 女神は小さく頷いて、ぽつりぽつりと話し始めた。


「全を救うのは無理だと…。神託を出して、どうしても救わねばならぬ者だけを箱に詰めて、水で洗い流しなさいと…言われました」


「まさかの方舟方式」


「…それもまた難儀じゃのう」


 女神はハンカチに顔を戻しながら「選べません…!」と嘆く。


「ま…まぁまぁ。それで、俺が【フォーグガード】に行くことで何が変わるんですか?」


「う…うむ!大事なところじゃ!女神よ、話を戻すぞ」


 このままでは話が脱線してしまうので、一柱と一人は無理やり話題を戻した。忘れかけているが、今は転移する経緯について話していたはずだ。


「そうですね…!前向きに…前向きに話をしましょう…!」


 女神は自己暗示をかけている。カウンセリングが必要かもしれない。


「多くの魂が犠牲になった事で、世界の境界に歪みが生じました。つまり、小さな穴が空いてしまったのです。その穴から、地球の魂が吸い込まれて【フォーグガード】に流れ込んでしまったのです」


「吸い込まれた魂は1人だけじゃが、あれは驚いたな。ちょうど肉体から魂が離れていた者が【フォーグガード】へ行ってしもうた。まだ肉体の方は生きておってなぁ。早いところ魂を戻さねばならぬ」


「えぇっと…それじゃ俺の役目は、その人を地球に戻すことですか?」


 実の質問に、女神は目を閉じ複雑そうな顔をしている。そして気分転換でもするように焼菓子に手を伸ばし、すっかり冷えてしまった紅茶を飲んだ。


「ふう…それだけなら良かったのですが、事態はかなり面倒な事になっています。その魂…名を『日月 蓮也たちもり れんや』さんという方なのですが…」


「えっ、何その名前…どんな漢字ですか?」


「どうしたのじゃ、実は。まぁ良いが…漢字はこうじゃの」


 せっかく話を戻したのに、また脱線しようとしている実に多少呆れ顔になりつつも、律儀に漢字を教える大御神。

 その名前の漢字を見て実は「おお…まるで物語に出てくる主人公みたいな名前だなぁ」とひとりごち、ラノベの主人公を思い浮かべつつ安易に考えを述べる。


「えーと、その人と言うか魂が【フォーグガード】に行っちゃって、何か体を手に入れちゃって、何かのチートな能力を持って、何かヤバい事をやらかしちゃってるとか?…ですか?」


(まさかそんなことはないだろうけど…)


 自分のラノベ脳に苦笑していると、女神は音を立てて身を乗り出した。


「そうです!まさしくその通りなのです…!よく分かりましたね?」


「その類の小説は日本で流行っておるのう。さては実も読んでいたな?」


「まぁ、流行ってたんで…」


(ていうか本当にそんな感じなんだぁ…)


 戸惑う実をよそに、二柱の神はそのまま『日月 蓮也』についての話を再開する。


「例外を除き、魂は境界を越えられない。これは決まりなのですが、実さんの例の他にも承認されている転移、もしくは転生があります。それは、然るべき術式を使い神の許可を得て、その後に召喚術式を行使することです。更にいいますと、呼び掛けた異世界の方が転移を承諾しなければ、召喚は成り立ちませんが…」


「まぁ、その神に承諾を得る術は、今や廃れておるのじゃろう?たとえ使えたとしても【フォーグガード】の術者では、技術的にも荷が重かろう」


「はい。そこで禁術なのです」


『日月 蓮也』の話かと思いきや転移の話になっている。実は忙しなく二柱の神を交互に見ていたが、入らない補足にしびれを切らし、話に割り込んだ。


「すっ…すみませんっ!話についていけてないんですけど、それが『日月』さんと何の関係があるんですか?承認って言っても『日月』さんの場合、事故ですよね?」


 実がそう言うと、女神は彼を安心させるように微笑みかける。


「大丈夫ですよ。この話が『日月 蓮也』さんに繋がりますから。…実さんの言う通り、彼の転移は事故です。【フォーグガード】で行われた、禁術を用いた異世界召喚が境界に穴を開け、『日月 蓮也』さんの魂が流れ込みました」


「…召喚術式は廃れたって、さっき聞いたんですけど…復元?されてしまったんですか?」


「復元…。確かに復元はされましたが、旧式です。そもそも、私達神が許可を出し、新たな召喚術式を得るのが通常の流れなのです。今回の召喚は、その工程を全て飛ばしています」


 ということはどういうことかと実が頭を悩ませていると、大御神が納得いったとばかりに頷いた。


「なるほど。恐らく先任の神の時代の建造物が地の底に残っておって、そこで旧式の魔法陣でも見つけたのじゃろう。本来成功するはずのない召喚だったが、魂が流れ込んだことによって、お主が世界に組み込んだ因子が誤作動を起こしたのじゃな?」


「…はい。実さんもいますので簡単に説明します」


 女神は実に向き直り、「分からないことがあったら、遠慮なく言ってくださいね?」と笑う。


「最初に禁術の話に触れた折に、魔封じの因子という言葉が出ましたね?私たちは星を創造する際に様々な因子を組み込みます。世界への干渉に制限がある私たちにとって、その因子が世界を管理する重要なツールとなるのです。一例として、先程の魔封じの因子は名の通り、対象の魔力に関係する全ての力を封じるものです」

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