第4話 世界のバランス

 女神が手を二回叩いたかと思えば、真っ白なガゼボが現れた。その中央には背の高い小型のテーブルと椅子が設けられている。


「さあ、こちらでお話しましょう」


 移動中に女神が、「立ち話が長くなって、すみません」と謝罪した。実は反射的に、「あ、いえ、大丈夫です」と返す。もはや癖だ。


「…実よ。その場合は、あまり気にしたことではないかもしれぬがのう。【フォーグガード】では、そなたの魂の差異は殆どない。よって、そこまで人の顔色ばかりを伺わなくても大丈夫なはずじゃ。向こうに転移したなら、ちゃんと必要な事は口にするのじゃぞ?それが時には実の、そして共に生きる者の資源になることもある」


 大御神の言葉に、実は日本での自らの行動パターンを思い出した。

 人に関わると、どちらにせよややこしい事態になるのは分かりきっていた。開き直ってからは、極力人の顔色を伺って面倒が起こりそうなら直ぐに離脱。出来なければ、当たり障りなく刺激の無い言葉を返す事に徹していた。そうすれば被害は最小限に抑えられる。お陰で、日和見だとかイエスマンだとか陰で言われていたが、揉めるよりかは良かった。


「そうですね…。じゃあ異世界に行ったら、まず、ノーと言える男を目指します!」


「あっはっは!そうするとよい。…よし、中々の成果じゃ」


「そちらも終わりましたか?私の方の交渉も終わりました。席に着いて、お話を始めましょう」


 全員が席に着くと、テーブルの上にティーセットと焼菓子が現れ、ティーセットが勝手に動き出しお茶の準備を進めている。


(おおお…ふぁんたじぃ)


 馴染みのない光景に目を奪われている実を、微笑ましい気持ちで眺めている二柱の神の姿がそこにはあった。

 準備が終わりティーセットが動きを止めたのと同じタイミングで、二つの視線が自分の方に向いていることに気付いた実は恥ずかしそうに、「すみません…動くティーセット…初めて見たので…」と言い訳をした。


「ふふ、構いませんよ。それでは、私から【フォーグガード】の現状を説明していきますね」


「はい」


「では、魂保護に至った経緯と転移の目的からいきましょう。先に少しお話しましたが、【フォーグガード】は魔法が発展した世界です。そして、その【フォーグガード】と地球は越えられない境界こそありますが、隣合った世界になります。…隣合った世界は、密接な関係を持っていまして、片方がバランスを欠くと隣合った世界にも影響が出てしまいます」


「…?」


 早くも実は話を飲み込めていない。大御神がフォローを入れる。


「細胞を想像するのじゃ。核が星だと考えよ。たくさんの世界が隣合って集合体を作っておる。ひとつの世界がバランスを欠くと境界が崩れ、場合によっては星が引き合い衝突することも考えられる」


「えっ、めちゃくちゃ怖いんですけど、この話の流れだと、どっちかの世界がバランス崩しちゃったって事ですか?」


 女神が申し訳なさそうに肩をすぼめる。


「はい…。私の世界で、禁術に手を染める者が出てしまいました。以前にも禁術を作った者がいましたが…以前と言っても数百年前なのですが、その時は神託を送り、勇者の選定を行うなどして、どうにか水際で防ぐ事が出来ました…。」


「き…禁術。本当にファンタジーみたいな世界ですね」


「うう…ファンタジーのような可愛らしい表現は適切ではないです。禁術は文字通り禁じられた魔術。それは生き物の魂を消費します。つまり、輪廻転生の輪から外れるどころか、消滅してしまいます!」


 悲痛な面持ちの女神に、実は何と声を掛けていいのか分からないが、数え切れない程に存在するであろう魂の一つ一つに心を砕いている事に驚きを隠せない。


(うーん…やっぱり女神様は優しいんだろうなぁ。この仕事大変だろうな)


 呑気な事を考えていると、大御神の表情も険しくなっていることに気がついた。そこでようやく、魂の消滅が世界のバランスに大きく関わっているのでは?という考えに至る。


「あの〜、そこの所の説明って、してもらえたりしますか…?」


「ふむ、妾が説明しよう。まず世界が、どう均衡を保っているかじゃな。色々とあるが大まかには、星の質量、宇宙の大きさ、大気に含まれる力、そして数多の魂…その総量を隣合う世界同士、同量に保つ事でバランスを取っておる。」


「おお…スケール大きいですね…」


「ふふ、実にとってはそうじゃろうな。では、分かりやすく地球と【フォーグガード】を比較しよう」




「地球と【フォーグガード】を比較…?魔法があることですか?」


 実は最初に思いついたことを聞いてみる。


「そうじゃな。そこが一番の違いじゃな。地球と比べると【フォーグガード】は魂を持つ者が少ない。そこで大気中に魔素を含ませる事でバランスを保っておる。上手く発展し、魂を産み出せれば徐々に魔素を減らしていけるが…」


「なるほど…。その魔素が有るから魔法が発展したんですね」


「うむ。そして魔素は魔法という力の源となるため、魂との親和性が高い。」


 そこまで言うと、大御神は苦いものを口に含んだかのように紅茶を一口飲み下し、女神を見据える。


「妾たち神が生み出した魂じゃ。融和し利用すれば、彼らには過ぎたる力になろう。彼らもまた神の子に違いはないが…世界を揺るがす行為は許せたものではない」


 女神は目を伏せ、紅茶の僅かな揺らぎを見つめる。


「…分かっています。その為に、実さんに転移をお願いしたのですから。禁術を使用した者たちは、使徒達が魔封じの因子を起動させました。現在は全ての魂の鍵を変更中です」


 そこまで言い切ると、いつの間にか女神の手にはハンカチが握られている。


「この件で…っ多くの魂が失われました。…魔法の習得をひたむきに頑張っている子もいました。結婚を控えている子も…!ぐすっ」


 女神は再び顔面ハンカチになってしまった。大御神は、やれやれといった感じで女神の頭をぐりぐりと撫でてやりながら話を再開した。


「すまんのう、実よ。まだ【フォーグガード】は歴史が浅い。しかも女神は他の神たちよりも歳若くてなぁ。少し過保護なのじゃ。他の世界でも、生きとし生けるものたちは妾たち神の可愛い子であることに違いない。だが、発展に伴い魔素のような力は徐々に減らし、子らが自らの足で歩むのを見守るのが一般的じゃな」


(世界への干渉には厳しい制限があるって、可愛さのあまり手を出し過ぎないようにってこと?まぁ確かに、事ある毎に助けてくれるんじゃ盲目的崇拝マザコンにもなる…かな?)


 神の愛云々は置いておいて、実には気になっていることがあった。二柱の神の話では、隣合った世界がバランスを取っているという。それならば、【フォーグガード】も同じだけ歴史を重ねていなければおかしいのではないかと。


「大御神様、なんで地球と隣合ってるのに【フォーグガード】は歴史が浅いんですか?」

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