第3話 新たな神様登場

「ぐすっ取り乱してしまって…すみません」


 ようやく泣き止んだ女神に、実は「あはは…」と曖昧に笑って返した。

 もう少し気の利いた事を言えと思うだろうが、現状これがベストな対応なのだ。というのも、落ち着き始めたところに「気にしないでください」「全然構わないです」「落ち着いたみたいで良かったです」など、気にしてませんよといった類いの言葉をかけると、女神の涙が止まらなくなってしまうのだ。そのループを数回繰り返し、遂に女神から見た実の印象は『健気で優しい男』になってしまった。

 女神たちの魂保護とやらに巻き込まれたという経緯も加味しての評価だが、大丈夫じゃなくても開口一番「大丈夫です」と答えてしまう人間が多いであろう日本人は、だいたい優しい人に認定されてしまうのではないだろうかと実は考えてしまう。


 ぼんやりとそんな事を考えていると、顔面ハンカチから解放された女神が姿勢を正した。


「…では、実さん。これからのことについて、お話をしていきますね」


「はい。よろしくお願いします」


「まず、実さんが気にしていたことですが、えっと、ゲームと、冷蔵庫のプリンと、あとPCのデータでしたね?」


 しょうもなく聞こえるが、実にとっては大事なことだ。ゲームは友達、プリンは親友、PCは恋人と言っても過言ではない。

 その話題が出たことに、期待が高まり前のめりになる。


「はい!持って行けたりするんですか?」


 女神は困ったように頭を振り「…ごめんなさい。持っては行けないのです」と言う。期待通りにならず落胆しかけている実に、彼女は慌てて話を続けた。


「ですが先程、日本の神様に相談したところ、転移の条件を変えればいいのではないかと提案がありました」


「それってどういう…。…ん?先程?」


 女神いわく日本の神様に相談したらしいのだが、いつ相談したのか、そんな素振りは見られなかった。実は困惑した表情で首を傾げている。


「その条件ですが…。…?どうかされましたか?」


「いえ、日本の神様と、いつ相談したのかな〜と思いまして…。すみません、話の腰を折ってしまって」


「そうでしたか…。構いませんよ。これは私達にとっては日常なのです。世界への干渉には厳しい制限がありますが、世界を管理する神でしたら制限はありませんので…」


「すごい!テレパシー的なものですか!」


 世界を超えて連絡が取り合えるとは、疑っているわけではなかったが、やはり目の前の存在は神なのだと改めて思い知らされる。

 実が感動していると、「テレパシーではないですよ?」と返された。


「…?でも、女神様は移動してませんよね?」


「肉体を持ち生活している実さんには分かりづらいかもしれません…。私達、神と呼ばれる存在は、制限はありますが神と人の魂がある場所であれば同時に存在することが出来ます」


「…同時に?」


「今でしたら、実さんと話している私、日本の神様と話している私、そして、【フォーグガード】を見守っている私がいますね」


「ちょっとスケールが大きすぎてピンとこないんですけど…、それで言うと、日本で生活してる時は、日本の神様が俺の事も見守ってくれてたっていうことですか?」


 実は何とも言えない気持ちになる。

 対人関係についての本を読み漁ったり、コミュニケーション能力を高める方法を探し求めて悩んでいたりした頃に、神社仏閣へ神頼み仏頼みもしに行った。しかし、どう足掻いても何も改善されなかった。開き直るきっかけにはなったが。


「はい…。実さんの場合、合わないピースを無理やり嵌め込んだ形になってしまったので別ですが、世界は全ての魂の成長を願っています。喜びも、悲しみも、怒りも、苦しい状況でさえも魂の練度を上げるために必要な事なのです。余程の事があれば修正が入るように使徒達が動きますが、基本は皆さんの自由意思を尊重します。」


「はぁ〜…。なんかもう自分が理解出来てるか怪しいですけど、取り敢えず、俺は…その仕組み?みたいなものから外れていたと」


 女神の顔が再び悲しそうに歪む。


(あっ!やばいやばい!この話題は地雷だ…!)


 どうにか話題を変えようと思案していると、実の後ろから強い風が吹き抜ける。思わず振り返ると、瞬きひとつの間に、黄金色に実った豊かな田園が現れ、赤や黄色と雅やかに染まった木々が立ち並んでいた。


「お主は本当に泣き虫じゃのう。実が困っておるではないか」


「ですが…本当に申し訳なくて…」


「泣く前に実のために出来ることがあるじゃろう?」


 日本を思わせる美しい風景に気を取られていると、背後で会話が始まっている。また振り返ると、烏の濡れ羽色といった表現がしっくりくる黒髪、日本神話に出てくる神様然とした姿の女性が、いつの間にか女神の隣にいた。


「美女が増えてる?!」


 驚きのあまり、うっかり思ったことが口から出てしまった。


「あっはっは。嬉しいことを言ってくれるのう。…して、実よ。日本では何もしてやれず、すまなかった。何度か神使を送ったのじゃが、弾かれてしまうとは思わなんだ。」


『日本では、何もしてやれず、すまなかった。』というフレーズを頭の中で反芻する実。展開についていけていないようだ。


 十数秒が経過したあたりで、「あの、もしかして、日本の神様ですか?」と口にすることができた。


「うむ。その通りじゃ。そなたは【フォーグガード】の神を『女神』と呼んでおるのか?」

「はい…!」


 そう言われて、実は女神の名を聞いていなかったことを思い出した。


「あの、名前も聞かず、すみません」


「いえいえ、お気になさらず。私達の真名は地上の人には難しいようで…あえて名乗りませんでした」


「そうじゃな。妾も、真名と日本で呼ばれている名は違うからのう。多少ややこしくなるか。…では妾のことは、『大御神』とでも呼ぶがよい」


「大御神様ですね…!分かりました…」


(あああ、目の前が神々しすぎる。種類の違う美しさなんだよな〜。無駄に、かしこみかしこみも〜まお〜す〜って言いたくなる。うろ覚えの祝詞を唱えたところで失礼にしかならないと思うけど…!神様レベルは俺と釣り合いが取れないから無理だけど、彼女欲しいなぁ。って、脱線しすぎだ!そろそろ転移の情報が欲しい!)


 実は転移の事を思い出した。瞬間、とある可能性についても。


(転移先で彼女が出来たらどうしよう!)


 何とも見事なプラス思考が働いた。この性格だからこそ、今までやってこれたのだろう。

 妄想に突き動かされた実は、張り切って二柱の神に告げる。


「すみません!転移の話を詳しく聞かせてもらえますか?」


 急に張り切り始めた実に、二柱の神は感心していた。


(もう実さんは未来を見据えているのですね…!)


(いつも実は前向きじゃのう。日本で苦い思いをさせた分は取り戻さねばの)


「分かりました。現在、私達の父と母…つまり、全ての権限を持った存在と交渉しています」


「ちと難航しておるが…なに、必ず良い条件を引き出してみせよう。実なら、父上と母上のお眼鏡にかなうじゃろう」


「え?今そんな大事になってるんですか!?」


(というか、俺ならお眼鏡にかなうって何?!魂保護?された以外、割とどこにでもいるような人間だと思うんだけどなぁ…)


 既に水面下では話が進んでいたようだ。

 実は、焦って話を急かしたことへの申し訳なさを覚えるが、転移への興味が勝り情報を聞き出すことに決めた。


「じゃあ、異世界へ行く目的とかを教えてもらってもいいですか?」


「はい。では、実さんに異世界へ転移してもらうことになった経緯からお話させてもらいますね」


「お願いします」

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