第34話 新たな使命(4)

 

 結婚……か。

 そうね、貴族令嬢として生まれたら、結婚して家を支え夫を支え、家を守るのが当たり前。

 私もやんごとないアホとの婚約を解消したのだから、新たな婚約者を探してもいいのだろう。

 聖女はなにも、独身を強要されるものでもないし。

 でも、私は……。


「イザベラ様、私、しばらくの間は結婚はいいかな、と思ってますの」

「え! どうし……あ、あのやんごとないアホのせいで結婚に希望が持てなくなったのですか? わかりますわ、わかりますとも! ですが貴族として生まれたからには——」

「あ、いいえ。それもなくはないのですが……やはり今は聖女としてのお役目を最優先に努めたいと思っているんです。明日は北と西の町へ行き、結界の修復と新たな調整魔物を放だなければと思っています。そのあとも、飢饉に関して私にできることを探すつもりです」

「!」


 やるべきことはとても多い。

 飢饉に関しては聖魔法の一種、[治癒]などの補助魔法と水魔法、土魔法を使わなければいけないだろう。

 もう三年近く飢饉が続き、国庫の食糧も空寸前。

 食糧は急務となるだろう。

 それが終わったあとはいよいよ魔物対策。

 調整魔物——希少個体の周知をより重点的に行い、必要なところに配布しなければいけない。

 そのあとは四方の町以外の、小さな町や村に結界を張るなりしに行かないと。

 あとは水ね。

 皮が干上がっているところがあったので、そういうところの状況の確認をして、必要であればヴォルティス様の魔力をお借りし水源を復活させる。

 北の一部は飢饉と旱魃で餓死者が出ていたはずなので、視察にも行きたい。

 国王陛下と王妃様は、他国対応と水不足の土地への魔法騎士派遣、竜巻きによる被害報告とその対応、復興の指示などでお忙しいはず。

 ……まったく、陛下たちがこんなにお忙しいというのにやんごとないアホの自由っぷりよ。

 王太子としてやるべきことは、山のようにあったでしょうに……!


「という感じで、国の立て直しに尽力しようと思っていますの」

「さ、さすがレイシェアラ様ですわ……! あのやんごとないクズ野郎に爪の垢でも煎じて飲ませて差し上げたい!」

「……イ、イザベラ様……」


 や、やんごとないクズ。

 ランクアップしている。

 いえ、ランクダウンだろうか?

 イザベラ様、私よりも殺意が高いけどなにかあったのだろうか?

 怖いから聞かないでおこう。


「本当ですわよね、あのクズ! 王太子の座から下されても、なにも反省せず普通に話しかけてきますものね」

「まあ、ルイーナ様にも? 王族からも除名されているのに、いい加減馴れ馴れしいんですわよ!」

「ええ! 本当に! しかも先日突然現れてうちで勝手に食事をしていきましたのよ! 元王子だからとこちらの使用人が断りづらいのをいいことに! 飢饉で我が町、我が家にも、食糧は少なくなっているというのに!」

「んまぁーーー! 厚かましい! わたくしのところには金の無心がありましたわ! その上、陛下やお妃様へ『自分を元の地位に戻すよう、口添えてほしい』なんて手紙をよこしましたの! 自分の立場がまるでわかっていませんわ! 反省の色なしです!」


 ルイーナとイザベラ様が拳を握り締めて語るのは、ニコラス殿下のこと。

 そういえば王家の寝所にも立ち入り禁止になっていたわね。

 王族からも除名になっているのに、未だにそんなことをしているなんて。

 反省の色がないというか、相変わらず自分の立場を正しく理解できてないというか。

 きっと周りがなにを言っても、通じないのでしょうね。


「でも、『自分を元の地位に戻すよう、口添えてほしい』なんて言うってことは、少しは今の自分の立場を理解しているということなのかしら?」

「どうでしょう? 我が家で勝手に食事をしに来た時、うちの使用人たちには『王太子たる私は常に万全の状態でいなければならない! なぜなら民を守らねばならないからだ!』などと言っていたそうですわよ」

「そ、そう」


 それは、あまり変わってないのね。

 そういうことを言う割に、民のためになにかしたところは見たことがない。

 ルイーナの家は領主として、特に切り詰めた生活をしていたからニコラス殿下の突然の乱入と一人お食事会は一部の使用人たちのその日の食糧を使われたらしく、その使用人たちは一食抜きになった。

 頭が痛い。

 なにが民を守らねばならないからだ、なのか。

 ルイーナのところの使用人たちとて、守るべき民だろうに。


「私のところにも何度か来ているの。メイドが代わりに対応してくれて、会ってはいないのだけれど」

「会わなくて正解ですわ!」

「ええ、なにひとつ変わっておりませんもの! レイシェアラ様にお目通りしても、きっと自分のことしか考えていません! 民のためなどと嘯いて、元の生活に戻ることしか頭にないのですわ!」


 イザベラ様、辛辣ぅ。

 ルイーナもうんうん、と頷いて、私にはくれぐれもニコラス殿下と会わないようにと再度注意してくれた。

 この先、じわじわとニコラス殿下の地位は下がり、王太子どころか王族ですらなくなってしまったことは周知されていくだろう。

 これまでの言動の本質が貴族以外にも知れ渡れば、それを支えていた地位も婚約者も失ったあの方はどんどん孤立していく。

 そうなる前に、改心してくだされば良いのだけれど……難しいでしょうね。


「レイシェアラ様、わたくし陰ながら応援いたしますわ。この度は我が町の結界修復と、希少個体についての重要なお話をありがとうございました! 落ち着きましたらぜひぜひ、わたくし主催の夜会にも来てくださいましね!」

「レイシェアラ様、わたくしのお茶会もお忘れなく、ですわ!」

「イザベラ様、ルイーナ、ええ、もちろん。喜んでご招待に馳せ参じますわ。落ち着きましたらご連絡します」

「絶対ですわよ!」

「またお手紙出しますわ」

「ええ!」

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