第33話 新たな使命(3)

 

 ルイーナのところに置いていく晶霊はタヌキの子。

 両手のひらに乗せて、ほっぺをすりすりしておく。

 ああ……ほのかな獣臭とふかふかな毛並み……。

 もっふ……もっふん……ふぅん……。


「レイシェアラ様?」

「はっ!」


 小さなもふもふが気持ち良すぎて意識が飛んでいたわ!

 だってコロコロしてて、本当に可愛くて~!


『みゅーん、みゅぅん、わふ』

「あっ」


 頬擦りをやめた途端、タヌキの晶霊は私の手のひらの上から窓枠に飛び移り、ルイーナの屋敷の外へと出ていった。

 きっと本物のタヌキはこんな鳴き方はしないでしょうね。

 なんで思っていたら——。


『ぽん ぽん ぽんぽこー』

「「!?」」


 お庭からそんな声が聞こえてきて、窓を覗くとタヌキの晶霊が見る見る大きく膨らんでいく。

 屋敷の二階に差し掛かってもまだ大きくなり、首に巻いたリボンは外れてしまった。


「これはいったい……!」

『にゃんにゃん、あるじ様は見るの初めてにゃん? 晶霊が魔物になるとすごく大きくなるにゃん。でも見た目ほど強くないし、倒すとめちゃくちゃ経験値がたくさんもらえるから人間にはご馳走にゃん』

「な、なんですって!?」

「希少個体ということですか!? ま、まずいです、レイシェアラ様! せっかく現れた調整魔物が冒険者の餌食になりかねません!」

「! まさか希少個体って調整魔物のことだったの!?」


 今明かされる魔物の希少個体の真実!

 ではなく! このままでは希少個体としてあの子が狙われてしまう!

 体はさらに膨らんでいくけれど、大きさが普通じゃない。

 一目で希少個体とわかる。

 周知もまだ終わっていないのに、このまま野に放てばいい的だわ!

 なんとか——なにか、そう、印のようなもの……。


「[聖結界]!」

「レイシェアラ様、どうなさるおつもりですか」

「結界を張ります、あの子に!」

「ええ!?」


 わかっているわ、ルイーナ。

 あなたが驚くのも無理ないし、自分でもできると思えない。

 でもやらなければ。

 あの子を守らなければ!


「[聖結界]よ……!」


 本来[結界]の魔法は“場所”にのみ有効。

 “生き物”に使う場合、その対象をその場に縫いつけてしまう。

 初代聖女様がヴォルティス様に対して、そうしたように……。

 だから、魔法陣に手を加える。

 対象の、一部分に結界を張るように。

 そしてそこに、『レイシェアラ・シュレ』の使い魔であるという証を刻みつけるのだ。

 この子は国で保護し、守らねばならないのだと一目でわかるように——。


「[使い魔の刻印]!」


 聖魔法で[聖結界]をあの子の額に固定。

 その中に古画文字で“聖女”を表す文字を一文字刻む!

 痛むかもしれないけど、どうか我慢して……!


『ぽんぽこぽーーーー!』

「! 希少個体の額に刻印が!」

「上手くいったわ! ルイーナ、急いで冒険者ギルドに向かい、説明して保護しましょう!」

「はい! そうですわね!」


 あの子をその場に押し留めていた結界が解かれ、タヌキの晶霊は希少個体の魔物となって空へと飛んでいった。

 あれほど膨らんでいたからまさかとは思ったけれど、浮かぶのね……。

 風に流され、平野の方へと消えていく。

 額に『聖女の使い魔の刻印』を刻んだから、一目でわかるようにはなったけれど、そのことを周知させなければ意味がない。

 ルイーナと共に冒険者ギルドに知らせにいく。

 町民にはルイーナのお父様が後日大々的に報せを出すと約束してくれた。


「これで竜巻き被害は減ると思うわ」

「ありがとうございます、ありがとうございます、聖女様!」

「聖女様、ありがとうございます!」

「まさか希少個体の魔物には魔力量を調整する能力があったなんてな……」

「いい獲物だと思ってたけど……これからは狩れないな」

「竜巻きの方がおっかねぇからしょうがねぇさ」

「聖女様、教えてくださりありがとうございました!」


 冒険者ギルドの人たちは思いの外あっさり信じてもらえたので、助かるわ。

 やはり竜巻きの被害が凄まじかったのね。


「ちなみに、万が一希少個体に手を出したり、あまつ討伐などした者は市中引き回しの上、広場で磔となります。周知は徹底するようにしてくださいませね、ギルド長。そのような事態が起こればギルド職員も同罪と見做しますわ」

「なっ! は、はいいいぃぃっ!」


 ルイーナ、ちょっと怖い……。

 ギルド職員の皆さんが震え上がっているではないの。


「レイシェアラ様、このあとは南の町に行かれるのでしょう? わたくしも同行いたしますわ」

「よ、よろしいの?」

「ええ、わたくしがいた方がきっと南の町の冒険者ギルドに説明がし易いと存じますわ」

「頼もしいですわ……!」


 その後、南の町を治めるイザベラ様のお父様——侯爵様にご協力いただき、キツネの晶霊を同じように刻印を持つ希少個体として野に放った。

 イザベラ様もやんごとないアホとの婚約を解消して、ずいぶんとお元気そう。

 よかったわ。


「レイシェアラ様、本当に素晴らしいですわ! 希少個体の魔物にこんな秘密があっただなんて」

「私も今朝ヴォルティス様に聞いて驚いたわ」

「っ! しかも竜王様とお話までできるんですわね! やっぱりレイシェアラ様はすごいです! 状況が落ち着いたら、ぜひぜひ、わたくしの夜会にも出席してくださいませね! 共に素敵な殿方と結婚いたしましょう!」

「あ、ありがとうございます……」


 イザベラ様……本当にすっかり元気になられて……。


「………………」

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