第32話 新たな使命(2)

 

 朝食を摂り、席を立つ。


「行って参ります」

「ああ」


 頭を下げるが、いつもより声が硬くなってしまった。

 だって、仕方ない。

 ヴォルティス様は、本当に人間と対話をしてこなかったのだ。

 いや、歴代聖女様がその間を取り持つことを、してこなかったせいもあるだろう。

 それにしたって有用な……というかこんなに大事なことを、誰も知らないなんて!


「レイシェアラ……? なにか怒っているのか?」


 手を取られ、驚いて振り返る。

 するとそこには耳が垂れ、尻尾をぺそん、とした大型犬が——。

 いえ、違うわレイシェアラ! 幻覚よ! 惑わされないで!


「お、怒ってはいません。ただ、魔力を調整できる魔物の存在は、初めて聞いたもので……」

「そうなのか?」

「はい。それほど重要な魔物であれば、国で保護なり管理なり、すべきです……! たとえばその魔物の首に首輪をかけたり、護衛や監視をつけるなり、やりようはいくらでもあります!」

「ふ、ふむ?」

「その魔力を調整する魔物がいれば、瘴気の発生も抑えられるのではないですか?」

「……できなくもないな?」


 やっぱり!

 それなら魔物の発生だって抑えられるということではないの!

 どうしてそんな重要なことを、歴代の聖女様方は国に伝えなかったの?

 いえ、それを知らなかったのだろう。

 ヴォルティス様と、話をしなかったから。


「ヴォルティス様と歴代の聖女様たちがお話ししていたら、あるいはもっと早くこのことを国に伝えられたのに……」

「レイシェアラ……」


 そうすれば、年間の魔物の犠牲者数もきっと減っていた。

 魔物による田畑への被害だって。

 騎士団を上げて強い魔物の討伐にかける遠征費、冒険者の行方不明者数、他にも色々。

 いえ、これから私が伝えていけばいいのだ。

 それが私の新たな使命!


「我の話を聞く聖女は、お前が初めてだからな」

「っ」

「これまでの聖女は我に怯え、我に近づくことを極端に嫌っていた。無理もない。かつて邪竜であった竜なのだ。恐ろしくてたまらなかっただろう。我の姿を見て気絶する者も少なくなかった」

「! そんな!」


 あ、いえ、ふ、普通の女性はそうなのかもしれない。

 魔物すらあまり目にすることもないだろう。

 聖女は貴族出身が多いから、余計に。

 魔物の頂点——竜と話すなんて想像もつかなかったに違いない。

 けれど、それでこんな大切なことを聞き漏らしてきたなんて。


「お前が我と対話した、初めての聖女だ。レイシェアラ・シュレ」

「……っ」


 頬を角張った指が撫でていく。

 ヴォルティス様の金の瞳が細まり、私をまるで愛おしい者を見るかのように見下ろしていた。

 胸が高鳴る。

 そんな、優しい眼差しで見つめられたら……あなたの胸の中に、飛び込んでしまいたくなる。

 って、なにを考えているのレイシェアラ!

 それでは、まるで——まるで……。


「い、行って参ります!」

「ああ、気をつけて」

「はい!」


 顔がぽかぽかする。

 ダメよ、レイシェアラ! 切り替えて!

 新たな使命をやり遂げて、ルイーナとお茶するのよ!


「晶霊よ」


 玄関を出て、階段を降りてから水晶に手をかざす。

 晶霊を召喚……あら? でも何体召喚したらいいのかしら?

 今から行くのは東と南の町だから、今日のところは二体。

 明日、西と北の町へ行くから、二体……うぅん、多めに三体召喚しておきますか。


『みゅー』

『キュキュ』

『ンキキ!』


 タヌキとキツネ、そしてサルの姿をした晶霊。

 みんな手のひらサイズで可愛い……。

 はっ! 眺めて悦ってる場合ではないわ、レイシェアラ! 仕事よ!


「ベル、留守を頼みます!」

「はい、お気をつけて」

「ラック!」

「ヒヒーーーン!」


 天馬ラックが翼を開き、私をまずは東の町へと連れて行く。

 友人とのお茶会は、やるべきことをやってから!



 ***



「本当に助かりましたわ、レイシェアラ様」

「気にしないで。私たちお友達だもの。それよりもリボンをいただけるかしら?」

「調整魔物となる晶霊に与えるものですね。ご用意しております」

「ありがとう」


 東の町で結界を修繕したあと、ルイーナの家に寄り、今朝召喚した晶霊たちの首に用意してもらったリボンを巻いていく。

 今回の子たちはあえて“名”を与えず、野に放ち調整魔物となってもらわねばならないからだ。


「ごめんなさい、本当はもっとちゃんとしたお仕事を与えたかったのだけれど……このままでは多くの村が滅んでしまいかねないの」

『みゅーん』

「それにしても驚きました。魔物の中にそんな重要な役割を持つ個体がいたなんて……」

「ええ、私も初めて聞いたわ。このリボンをつけておけば、この子たちが魔物化したあとも判別できるから討伐されないと思う。ルイーナには、この辺りの人たちにこの子たちを討伐せず守るよう周知を徹底させてほしいわ」

「かしこまりました。お任せください!」


 こんなに可愛い手のひらサイズの子を、竜巻や魔物が闊歩する野に放たなければならないなんて……それはそれでものすごく心苦しいわ。

 でもでも、今後は東の町や村の人たちに“守護獣”として崇め守られるはずだから……きっと大丈夫よね。

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