第80話 08月14日【2】
「ぼ、『僕が欲しい』って……な、なに言ってるんだよ
「冗談なんかじゃないわ」
張り詰めるような
「そ……そういう冗談はダメだよー。いくら僕でも、本気にしちゃうよー?」
「構わないわ。だって本気なんだもの」
笑ってお
追い詰められたネズミのように私は顔を伏せて押し黙り、
「3年前に私が今の店舗へ来た頃は、正直アナタのことが嫌いだったわ。でもアナタと一緒に居て、アナタを知る度に惹かれていったの。本当はアナタの方から『好きだ』と言わせたかったけれど、もうそんな悠長なことは言っていられない」
「ど、どうして…?」
「あの
「彼女ははっきりアナタを好きだと言ったわ。おまけに結婚まで視野に入れていると……同じ台詞をそこら辺の誰かが言ったのなら私もここまで焦らなかったわ。でも相手は医者……アナタの立場を考えれば、これ以上ない相手よね」
穏やかだった
ゴクリと、
「クリニックは薬局と違って、誰にでも経営できるわけじゃないわ。だからアナタのお父様が引退すれば必然アナタも診療所を去ることになる。
けれど女医を嫁に取ればその懸念は無くなるわ。仮に出産や育児で彼女が病院に出れなくとも、その時はお父様がピンチヒッターになれば良い話。もっとも、そんな時期には、まだお父様が院長を務められるでしょうけどね」
言い終えるや
「もしも見た目や性格に難があるような相手なら、私もこんなに不安にならないわ。でも
明瞭な声で言い連ねる
店員の男性が去ると同時、熱い視線がまた私の意識を支配する。
「でもアナタへの気持ちだけは、彼女にも負けてない」
受け取ったワインを一口含むと、
「アナタのためなら、私は何を犠牲にしても構わない。今の立場だって捨てる覚悟よ。アナタと一緒に居られるなら〈ヴェール・ファーマシー〉を辞めたって構わないわ」
その瞬間、雷が落ちるような衝撃が体を貫いた。
「本当に好きよ。アナタのことが、この世界の誰よりも」
熱を孕んだ視線と耳を溶かすような甘い言葉。気付けば全ての意識が彼女に向けられる。
加速する心臓に、騒がしく響く鼓動。
冷たい汗が溢れて止まらない。
彼女の想いが、私の内側を
酒の力も手伝って、蕩けた脳では思考が定まらない。
視線を泳がせながらも、私はようやくと重い口を開いた。
「な………なんで、僕なんか…?」
痺れる脳みそをフル回転させ、やっと絞り出した言葉だった。
だがそれを皮切りに、
「僕なんて医者でも薬剤師でもないし、見た目が良い訳でもない。
「そうね。確かにアナタより優秀な人間は沢山居るわ。アナタより裕福な人も、頭の良い人も、権力がある人も、背が高くて格好いい人も。それこそ星の数ほど居るでしょうね」
改めて現実を突き付けられると、流石に気落ちしてしまう。私は目を背けるように薄笑いでジョッキを
「けれど………それでも私はアナタじゃないと駄目なの。この気持ちは『優しさ』や『性格の一致』なんて単純な言葉では片付けられないわ。ただアナタが愛しくて仕方がない。ただアナタを愛して
そう言うと
「ごめんなさい。唐突にこんな話をして。アナタが戸惑うのは分かるわ。でも、返事は必ず聞かせて頂戴」
一万円札を置いて立ち上がると、挨拶もなく一人で店を後にした。
残された私は温くなったビールを片手に、テーブルの料理をただ静かに見つめていた。
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