第78話 08月13日【2】
今日の
妙に積極的というか、声や仕草に
昂る気持ち落ち着かせるよう、私は敢えて興味の無い【ヨーヨー釣り】の屋台に向かった。
「事務長、お得意なのですか?」
「子供の頃はね。上手く釣れるかな」
別に水風船が欲しい訳ではなかった。が、気付けば白熱して3度も挑戦していた。しかして釣果はゼロ。
見かねた
彼女はたったの一回で黄色い水風船を釣り上げた。
一瞬ムッとしたが、吊り上げた瞬間に見せた
【金魚すくい】や【亀すくい】などの屋台も見かけたが、
そんな彼女の足が、とある屋台の前で止まった。彼女の瞳の先にはあるのは、【射的】の景品。
「すみません、お願いします」
私は店のオヤジさんから、鉄砲とコルクを受け取り、
※※※
「――ごめん…」
「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」
言いながら、
5回ほどチャレンジしたが、結局犬のぬいぐるみは取れなかった。代わりに得られたのが、その近くに置かれていた安っぽいキーホルダー。
「大事にします」
言葉通り、
「……ところで、事務長」
「なに?」
「つかぬことをお伺いしますが、その…………先日のハンカチは、どなたの御品なのですか?」
おずおずと及び腰に尋ねる
「知り合いのドクターのものだよ。父さんに連れられてた会食で初めてお会いしたんだけど、その時に僕がバカやって頭打ったから、お借りしたんだよ」
「そうでしたか…」
「ほっ」と撫で降りるような吐息を漏らせば、
私達は、また屋台を巡った。
甘酸っぱい後味の【リンゴ飴】に、虹のようにカラフルな【わたあめ】。
夢を具現化したようなそれらを幸せそうに食べる
そうして、いよいよ花火の開始時間となった。
ただでさえごった返していた人の波が、川岸に集められて一層と密度を増す。
「凄い人だね。
と、振り向けば、彼女は人混みに飲まれかけていた。
「あ、
私は咄嗟に彼女の手を掴んだ。
手繰り寄せるよう強引に腕を引き、勢い余って飛び出した彼女を私は抱き止めた。
密着する身体。
息もかかる距離。
私は慌てて身を引いた。掴んだ腕も離す。けれど――
「じ、事務長…!」
逃げ出した私の手は、
「よ……よろしければお互いの手を命綱の代わりにしては
「お……おお! そうだね! 良い考えだ! そうしよう!」
などと言い訳じみた取り留めのない会話で以て、私達は手を繋いだまま、人混みの中に紛れた。
こんな風に女性と手を握り合うなんて、いつ以来だろう。
ひんやりと冷たくて、細く無駄のない指先。
サラサラと絹のような手触り。私の指とはまるで別物だ。
ほんの少し力を込めれば折れてしまいそうなほど儚いのに、力強さと存在感が際立つ。
この綺麗な手を、私の手汗や手垢が汚してしまわないだろうか。
そんなことばかり考えていると、最初の花火が打ち上がった。
けれど私は緊張と恥ずかしさから、花火を見る余裕も無く終始俯いていた。
※※※
あっと言う間に花火が終わり、ヌーの群れみたく観客が大移動を始める。皆、駅へ向かっているのだ。
私達も流れに従い、駅へと向かう。
互いに手を握ったまま、互いに俯いたまま、互いに一言も発さぬまま、私達は歩を進める。
駅がもう、目の前見えた。
瞬間、私は足を止めた。
「事務長?」
「……少し、歩かない?」
一瞬だけ驚くも、彼女は静かに頷き返してくれた。
そして私達は流れから外れた。
電車に乗れば10分程で自宅の最寄り駅に着く。この瞬間を、この感触を、そんな一瞬で終わらせたくなかった。
100メートルも横道を進めば人混みは失せた。
けれど私は手を離さなかった。
相変わらず会話は無かった。
けれどそれで良かった。
指先に伝わる温もりが、全てを表していたから。
私と彼女が、見えない何かで繋がった……気がした。
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