第73話 08月08日
少し離れた横断歩道で赤信号に引っ掛かり、私達は足を止めていた。
「今日はごめんなさい。迷惑をかけたわね…」
隣で力無く項垂れる
私は驚き目を丸める。
「……なによ、その顔は」
「いや、
「なによそれ」
小さく苦笑いを浮かべると、
見れば、それはプラネタリウムのチケット。
「なに、これ?」
「あの
「なんで?」
「お詫びの印よ」
信号が青に変わり、まばらな人の波に紛れて私達も歩き出す。
「
「わかった。じゃあ、有り難く貰うよ」
私が笑顔でそう言うと、
「ところで
私はチケットの片割れを差し出した。同時に
「人の話を聞いていたかしら? そのチケットはアナタが好きに……」
「だからだよ。僕は
ニコリ、と私は敢えて明るく笑って見せた。
「で、でもそれじゃお詫びにならないわよ……私はアナタのことを騙して…」
「そんなことないよ。さっきも言ったけど、
「
「てゆーか、僕は
腰に両手を当てて「はっはっは」とふざけてみせれば
「………バカ」
と、小さく呟きチケットに手を伸ばした。
※※※
「お嬢ちゃんは、お盆休みに
午前診が終わって間もなく。レジのお金を数えるお嬢ちゃんに、私は何の気なく尋ねた。
「今年は家族で、北海道にあるお婆ちゃんの家に泊まりに行きます」
「おー、いいね北海道」
「はい。美味しいものいっぱい食べます。でも旅行と花火大会の日が被るから、ちょっと残念です」
「へー、花火なんてあるんだ」
「はい。川沿いの方で。毎年たくさん屋台とかも出るんですよ」
「ふーん」
ちょっとした祭りのようなものか。そんな行事が毎年あったなんて、知らなかった。今まで、その手のイベントにはとんと無縁だったからな。
そうして診療後の片付けも終わり
お嬢ちゃんも仕事が板についてきたようで、引き継ぎ連絡も流暢にこなしている。
看護師さんらと一緒にお嬢ちゃんも帰宅し、院には私と
正直、まだ少し彼女と接するのが気不味い。
もともと寡黙な
「……あ、
なんとかコミュニケーションを図ろうと私は話題を模索した結果、先程お嬢ちゃんと話していた内容をトレースしてしまった。
「特に予定はありませんが」
平坦な口調と冷ややかな態度で返す
「そっ……そういえば、お盆休みの間に花火大会があるんだって」
「存じております」
「あ、そう……
「いえ。行く相手も行く理由もありませんので」
「そ、そうなの?」
「はい。事務長はやはり、あのハンカチの持ち主様と御一緒されるのですか?」
『あのハンカチ』というと、先日に
「行かないよ。そんな予定は無――」
そこまで言いかけて私は声を留めた。不意に浮かんだ想いが言葉を遮ったからだ。そして、
「良かったら花火、一緒に観に行かない?」
気付けば私の口は、思考とは切り離されたかのように動いていた。
私の奇行に
野球の要領で、私は「冗談だよ」という心にない台詞を用意し打席に立った。
「宜しいのですか…?」
だが飛んできたのは予想外の
「ほ……ホントに?」
「はい。事務長さえ良ければ……私は」
「じゃあ……一緒に行こうか」
「……はい」
互いに眼を合わせることなく、流れるように約束が取り付けられた。
思考も思惑も無かった。ただ自然と言葉が発せられていた。
だが思考回路はすぐに正常化かれて、『従業員と食事など行くな』という父の言葉を思い出す。
しまった、どうしよう。
ここはやはり父の言いつけを守って断るべきだろうか。いや、しかし…。
「事務長」
「お誘い、ありがとうございます。花火、楽しみにしています」
まるで春の木漏れ日が如く、穏やかで温かい
それを目の当たりにした
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