第57話 07月16日【1】

 いよいよ迎えた土曜日。


 今、私の目の前に大きなホテルがそびえている。

 狭い海に囲まれた市街。そこからほど近いこのシーサイドホテルで今日、綾部あやべさんが食事に来ているはずだ。

 私の隣には、薬局王キング

 有名なホテルに店舗を構える高級レストランだけあって、ドレスコードにも気を遣った。この暑い中でも私はスーツを、薬局王キングみどりを基調とした品の良いドレスを纏う。


「今日はありがとう、薬局王キング

「ほんと、仕様のない人よね」


愚痴をこぼしながらも薬局王キングの足取りは私より速い。彼女も綾部あやべさんのことが気になるのか。


「というかアナタ、そんなに気になるなら綾部あやべさんに直接聞けばいいじゃない」

「……それが出来れば苦労しない」


私達はエレベーターに乗り込み、景色が一望できるそのフロアで降りた。

 入口から高級感漂うレストランに入り、受付で名を告げれば品位の良いウエイターに案内される。

 私達は、通路に近い壁際の席へ座った。

 キョロキョロと静かに辺りを見回せば、窓際の席に綾部あやべさんを見つけた。


 ネイビーブルーの美しいドレスに身を包んだ綾部あやべさん。普段とは違う彼女を見た瞬間、私はまるで時が止まったような感覚に陥った。


 そんな彼女の視線の先に、例のイケメン男性。やはり彼の誘いを受けていたのか。

 楽しそうに笑う容姿端麗な男の笑顔が、なぜか私の苛立ちを増幅させる。

 

「……薬局王キング


対面の彼女に目配せすると、彼女は驚き私と男性を何度も見比べた。何が言いたいかは大体想像がつく。


「てゆーか、薬局王キングさんよ」

「なによ」

「席遠くない?」

「我慢なさい。綾部あやべさん達がどの席になるかまでは、分からないわよ」


キッ、と私を睨みながら薬局王キングはメニューを開いた。

 注文について意見を求められたが、私は「任せる」とだけ答えて綾部あやべさん達の監視を続けた。


「あ、ちょ、なんか綾部あやべさん笑ってない? クールなあの綾部あやべさんがちょっと微笑んでない?」

「そうね、なんだかいい雰囲気ね」


まるで興味を無くしたかのように答えると、薬局王キングはウエイターに料理を注文した。


「ちょ、薬局長キン王! 今度は何か取り出して渡したよ!」

「ああ、あの袋はブ◯ガリね。大きさからしてバッグではないようだけれど、財布か小物かしら」

「あ、でも綾部あやべさん拒否してる!」

「当然ね。初めてのデートでそんなもの受け取れないわ。浅はかな男の考えね」

「え、あれデートなの? デートなの!?」

「誰がどう見てもデートよ」


冷静に薬局王キングがツッコむとほぼ同時。最初の料理が運ばれてきた。大きな皿に、彩り鮮やかな料理がこじんまりと乗せられている。

 ふと見れば綾部あやべさんのテーブルにも料理が運ばれて………いや、違う。あれは料理ではない、花束だ! この前菜みたく彩豊かな小さめの花束…。

 男はウエイターから花束を受け取ると、すぐに綾部あやべさんへと差し出した。


「なるほどね」

「え、なにが?」


呟く薬局王キングに私は疑問符を浮かべた。


「最初にあからさまに高価なプレゼントを断らせておいて、申し訳ない気持ちを綾部あやべさんに植え付けたのよ。本命の花束を受け取らせやすくする作戦ね。巧妙だわ」


薬局王キングの言葉通り、綾部あやべさんは躊躇ためらいながらも小さな花束を受け取った。心なしか、綾部あやべさんの表情も穏やかに見える。


「や、やっぱり女の人って花を貰うと嬉しいの?」

「人にもよるでしょうけど、少なくとも私は嬉しいわね」

「そ、そっか…」


花束を握り微笑み浮かべる綾部あやべさんを見ていると、胸が締め付けられるようだった。

 そうして彼女らを監視する間にも、薬局王キングの注文したコース料理が次々と運ばれ、いよいよデザートとなった。


「あら、綾部あやべさんが席を立ったわ。お手洗いかしら?」


言われて彼女の動きを追うと、その言葉通り綾部あやべさんはレストルームへ入っていった。

 流石にストーカーじみている気がして罪悪感を覚えた。


 ――ヴー、ヴー…。


と、その時。スマートフォンのバイブレーションが作動した。だが私のそれではない。


「あ、お父様からだわ。ごめんなさい、ちょっと席を外すわね」

「ちょ、薬局王キング!」


私の制止などまるで聞こえていないかのよう、薬局王キングは早足でレストランを出た。

 まったく、さっきから何なんだあの態度は。綾部あやべさんのことが気にならないのだろうか。


「事務長…?」


覚えのある声が背後から聞こえた。


 錆び付いたような動きでゆっくりと振り返れば、そこに……綾部あやべさんが居た。

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