第49話 06月25日~06月26日【2】
「先生ってー、お若いのにスゴいですねー」
パーティー会場を出た私に、隣を歩く
「若くないですよ」
「えー、嘘だー」
「ホントです」
「じゃあ、おいくつなんですかー?」
「もう還暦を過ぎてます」
「あははー。おもしろーい」
的外れに思える彼女の反応。私は少々「ムッ」とした。
「
「いくつに見えます?」
意趣返しのつもりだったが、彼女はまるで意に介していない様子だった。反面、私の腹には苛立ちが積もる。
どうでも良かった。興味津々で尋ねたわけではない。ただの社交辞令なのに。
「……26歳くらいですか?」
「ぶぶー! 残念、24でーす」
仕方なく答えた私に、彼女はひどく嬉しそうに返した。どちらも大差ないだろうに。
というか、24歳ならまだ研修医か? どころか、まだ学生の可能性が高い。
「
「あ、実はわたしー、お医者さんじゃないんですー」
「そうなんですか?」
「はいー。看護婦なんでー」
その言葉が、私の神経をピクリと撫でた。
気に入らないが、言い方など人それぞれだ。言葉一つにイチイチ目くじら立てるのも狭量。ゆえに私は言及しなかった。
「看護師さんが、どうして
「ウチの病院の
「そうなんですか。僕もですよ。父に無理やり連れてこられて」
「あー、じゃあオソロイですねー。奇遇ー。わたし達、気が合うかもー」
そう言うと
すると彼女は怒るでも喜ぶでもなく、ニヤリとほくそ笑んだ。
その微笑が、私の背中がゾクリと震えわせる。
勢いに任せ会場を出てきたが、今は無性に戻りたい。
けれど言い出せないまま、私は彼女に連れられ夜の街を歩いた。
「このお店とか、どうですかー?」
案内されたのは、小洒落た雰囲気の和風居酒屋。客もそこそこ賑わって、楽しそうな雰囲気を醸している。
「……いいですね」
「じゃ、決まりでー」
「やっぱり帰ります」の一言を切り出せない気弱な自分を呪いながら、私は居酒屋の
「
「あ、わたしー、実は名前で呼ばれるのが好きなんですー。だから『ミコ』って呼んでほしーなー」
レモンサワーをチビチビやる私とは対照的に、彼女はビールをグイグイと流し込んでいた。
「スミマセン、初対面の方を名前で呼ぶのは慣れてないので…」
「えー、照れ屋さんなんだー」
言いながら彼女は中ジョッキを空け、御代わりを注文する。
「じゃーあ、わたしは下の名前で呼んでもいーですかー?」
「構いませんけど…」
「ありがとうございますー。えっとー…」
「
「あはっ! ショウスケさんっ! カッコいー名前ですねー」
届いた生ビールを笑顔で受け取ると、彼女はまるで水のように流しこんだ。
※※※
『出身はどこなんですか?』
『部活とかやってました?』
『車は乗ってますか?』
『これ美味しいですね』
『嫌いな食べ物とかあります?』
『お休みはいつですか?』
『休日は何されますか?』
などと毒にも薬にもならない表面的な会話が繰り返された。会話と言うより、一方的な尋問のような気もしたが。
そうして、店員さんからラストオーダーだと言われた。
愛想笑いにも疲れたし、ここらで御開きにしようと、私は早々に会計を済ませた。トイレに立った彼女の分も。
ともかく、これでようやく解放される。
店を出るなり私は目一杯の伸びをした……が。
「あー、なんだか酔っちゃったかもー」
唐突にかつ随分と大きな独り言だ。それに酔っているようには見えない。顔も白いし、足元もしっかりしている。
「ちょっと、そこのベンチで座っていいですかー?」
そう言って彼女が指差したのは市営の公園。私は溜め息交じりに「分かりました」と肩を貸し、彼女をベンチまで運んだ。
「ありがとうございますー」
「大丈夫ですか? 水でも買ってきましょうか」
「あ、全然そんなー。悪いですよー。それよりー、ほらショウスケさんも座ってー」
彼女は自分の隣をポンポンと叩いた。少し迷いつつ、私は「失礼します」と腰を下ろす。
すると彼女は、私の肩に頭を寄り掛けた。
香水かシャンプーか。妙に甘ったるい匂いが私の鼻を刺激する。悪い香りではないが、好きにはなれない。
「あー、なんか酔っちゃったかもー」
それはさっきも聞いた。あんなにガブガブ飲むからだ。
「じゃあ、早く横になった方がいいですね」
「あー、でもー、もう終電なーい」
「え? まだ全然電車動いてますよ?」
「すみませーん。わたしの家、ちょっと田舎の方にあってー、そこの電車はもうすぐ終電なんですー」
そうなのか。こんなに終電が早いなんて大変だな。田舎というが、一体どこだろう。
「それにー、明日夕方から夜勤なんですよねー」
それを分かっていて、何故こんな時間まで飲んだ。私を巻き込まないでくれ。どうしてもというなら漫画喫茶にでも泊まればいい。私は帰るが。
「あ、あそことか休憩できそうじゃないですかー?」
そう言って微笑む彼女が指差したのは、桃色のネオン輝かせるラブホテルだった。
「……えっ?」
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