第48話 06月25日~06月26日【1】

 「翔介しょうすけ、招待状は持ってきたか?」


 スーツ姿の父に言われて、私は「はいはい」と面倒気に鞄の中を探った。


 本日の土曜診療(午前診のみ)が終わった後、私と父は県内のホテルにやって来た。


 今日は医師団体が主催する立食パーティー。


 だが、御存知の通り私は医師免許を持たない。

 にも関わらずこの場に居るのは、父に「これも勉強だ」「顔だけは出しておけ」と無理から連れられて来たからだ。正直、この御時世にパーティーなど不謹慎にも思えるが。


 医師団体が主催のパーティーだけあって、会場内は当然と医者ばかり。

 もちろん一人一人自己紹介されたわけではないが一目見れば分かる。医師特有の雰囲気オーラが出ているからな。


 仲間意識か経営者意識か。父は普段には決して見せない笑顔と愛想を振り撒いている。

 私はといえば、適当に高価たかそうな料理で腹を満たし、今はグラス片手に壁の花である。


「もう帰ろうかな」


父には「顔を出すだけでいいから」と言われて来たのだし、役目は果たしただろう。

 そう思い、もたれた壁から背を離した瞬間。


「あの~、お一人ですか?」


声をかけられた。医者ですらない、こんな私に対して。貴徳な人も居たものだ。


 振り向いてみれば、そこに居たのは若い女性。恐らく私よりも年下だ。


 肌の露出が多いドレスに、これでもかと煌びやかな装飾品。お世辞にも品が良いとは言えない派手な印象の女性は、ニコニコと笑顔を向けている。


「いえ、父の付き添いです」


私も同じく、急こしらえの笑顔で答えた。

 この会場に居るのだから、恐らく彼女も医師なのだろう。

 だが正直、見た目には医師らしくないな。どことなく場違いな雰囲気を醸している。

 しかし場違いどうこうを言うのなら医師でない私も十分に場違いか。


「今日は奥様も御一緒ですか?」

「僕ですか? 僕はまだ独身です」

「えっ!? ウソー! 見えなーい!」


女性医師は過反応気味に驚いた。「独身に見えない」とはどういう意味だ。老けて見えるということか?

 若い女医は私と同じように壁へもたれ掛かると、賑わう会場へ目を向けた。


「お話、混ざらないんですか?」

「興味ないので」


というか、何を言ってるのかサッパリだ。私に理解出来ることなど、せいぜい保険や診療報酬のことくらいだからな。


「じゃ~あ~、良かったら今から別の場所で呑みませんか? 二人っきりで♡」


ニコリと、女性医師は前屈みに私を覗き込んだ。胸元から覗く谷間に、思わず視線が引かれてしまう。


「……でも父が居るので」


私はジンジャーエールを一口煽り、無理矢理と彼女から視線を外した。


「じゃあ、お父様に許可をとったらどうですかー?」

「そういうわけにも…」

「どうしてですかー? いいじゃないですかー、ちょっとくらい」


笑顔の女性は私の腕を抱いた。肘の周辺に、柔らかい胸の感触が。


「あ、え……ち、父に確認してきます!」


私は彼女から逃げるよう腕を払い、ソソクサと父の元へ走った。


 父は相変わらず他のドクターらと談笑していた。

 しかし空いたグラスを替えるタイミングを狙い、私は声をかけた。


「あのさ、父さん。今ほかの先生から呑みに…」

「うるさい。お前は大人しくしていろ」


父は私など目もくれず、虫でも払うよう「しっ、しっ!」と手を振った。


 流石に怒りを覚えた私は、「じゃあ、僕はもう行くから!」と吐き捨てれば、父は「好きにしろ」と言うだけで、またドクターらの所へ戻った。


 なんなんだ、あの親父は!


 私は憤りを見せつけるように、両肩しならせノッシ、ノッシと大股な歩幅で戻る。


「行きましょう!」

「はーい♡」


そうして女性医師と共に、私はパーティー会場を後にする。


「あー、そういえばー、まだ名前言ってませんでしたねー」

「そうですね」


目もくれず、つっけんどんに返した。父への苛立ちで、それどころではなかった。


「わたしー、玉野たまのって言いますー」

津上つがみです」


 そうして私達は、夜の街へと繰り出した。

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