第46話 05月04日【6】

 (綾部さん……綾部あやべさん、起きて! 映画終わったよ!)


 エンドロールが流れる最中。囁くように声かけ肩を揺すると、綾部あやべさんは半開きの目で私を見つめ返した。状況を理解していないのかペコリとひとつお辞儀して。


 眠そうな目を擦り小さな欠伸をひとつして、ようやく脳に酸素が回ったか。「ハッ!」と驚いた様子で私を見た。


 交差する沈黙の視線。

 私達は何故か、顔を真っ赤に染めたまま、どちらからともなく御辞儀しあった。



 ※※※



 冷房の効いたモール内。特に映画館は空調が良く効いていた。

 にも関わらず冷や汗を掻く私を追い込むかのように、薬局王キングは「もちろん夕食も翔介しょうすけの奢りなのよね?」と意味深な微笑で尋ねてきた。


 こうなれば自棄ヤケだ。なんでも奢ってやる。好きなものを食べてくれ。


 そう答えると、薬局王キングはニヤリとほくそ笑み、あろうことか一皿100円回転寿司に皆を連れてきた。


 流石にお嬢ちゃんは気を遣ってくれたのか、箸を進めず映画の感想を熱心に聞かせてくれた。残念ながら、私は内容をほとんど覚えていない。


 綾部あやべさんも遠慮してか、表情こそ冷静に、安い皿ばかり選んでくれた。重ねた皿数は誰よりも多いが。


 しかし、薬局王キングである。


 なんだろう。彼女の辞書には『遠慮』という言葉が載っていないのだろうか。

 皿数こそお嬢ちゃんと大差ないのに、黒い皿や金色の皿など、それだけで一食まかなえるような品ばかり頼みおる。

 おまけに「これ本当にマグロなの?」とは、どういう了見だ。一度マンボウの赤身を食ってみろ。


「あら、どうしたのよ翔介しょうすけ。全然食べていないじゃない」

「……食べてるよ」


不貞腐れながら答えると、私は納豆巻きを口に放り込んだ。



 ※※※



 そうして夕食も済ませ、私達はシオンモールから程近い駅で解散となった。


 お嬢ちゃんと綾部あやべさんは二人で同じ電車に乗った。見送る間際に「ご馳走様でした」「今日は楽しかったです」と笑顔で言ってもらえたことが、純粋に嬉しかった。


「アナタは帰らないの? 同じ方向でしょう」


寿司で多少機嫌を直したか、薬局王キングの視線から殺意が消えている。


薬局王キングこそ」

「わ、私は良いのよ!」


やはりタクシーを使う気か。まさか前の時みたく今回も近くの店舗に行くということはあるまい。


「じゃあさ、良かったら今から一緒に呑みに行かない?」

「えっ…?」

「若者達は帰ったし、ここからはオトナの時間」


戸惑い見せる薬局王キングに、私はニカッと歯を見せた。


「ど、どうしたのよ突然」

薬局王キングには世話になったしね。ああ、そっちも僕が奢るよ。それに、前も『カクテル飲みながら後発品の話しよう』って言ってたじゃん」


微笑む私に反して、薬局王キングは呆気に取られた様子だ。目をパチパチと開けては閉じ、鯉の如く口もパクパクと。


 けれどすぐに「フッ…」と冷笑的シニカルな笑みを浮かべて、


「遠慮させて頂くわ」


そう言って、優雅に髪をかき上げた。気品あふれるその姿は、令嬢と呼ぶに相違ない。


「もしかして、明日仕事?」

「いいえ。でも、今日はやめておくわ」

「どうして?」

「だって、公平フェアじゃないもの」


堂々と言い放たれたその言葉に、私は首を傾げた。『公平』の意図を図り兼ねたからだ。


 「同情やで誘われたって、嬉しくないわ。私は正々堂々、正面からアナタに誘わせてみせるんだから!」


ビシッと鋭く指を差し、薬局王キングは颯爽とロータリーに向かって歩いた。


 優雅に歩く彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、私は金縛りにでもあったかの如く目を離せずいた。

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