第44話 05月04日【4】

 戸惑う綾部あやべさんを連れて、私は手当たり次第に店へ入った。


 最初に目についたのはアパレル店。ショッピングモールだけあって、たくさんのレディースアパレルが軒を連ねている。

 綾部あやべさんはカジュアルよりフォーマルな服が似合うように思った。試着も勧めたが、恥ずかしがって着ようとはしなかった。


 身につける物は服でも鞄でも、原色的な明るい色より、グレーや紺など落ち着いた色の方が好みらしい。そういえば、病院にも派手な服装は見たことが無い。


 雑貨や小物も好きなようで、ドールハウスやミニチュア模型などは見ていて飽きないとか。家には置いていないらしいが。


 小説や漫画は読まないらしく、書店には入ることもしなかった。読書といえば資格や仕事に関連する書籍くらいなのだと。私とは正反対だ。


 ぬいぐるみや小動物も好きらしく、ゲームセンターの景品に見惚れていた。

 視線の先にあったのは、間抜けな顔をした犬。

 こっそり取って驚かせようと思ったが、私がUFOキャッチャーをヘタクソなのか。2000円も注ぎ込んだのに落とせなかった。


 少し喉が渇いたのでミックスジュースを飲んだ。綾部あやべさんはキウイが苦手らしい。意外にも食べ物の好き嫌いは多いようだ。


 にも関わらず料理は得意なようで、キッチン用品を食い入るように見ていた。

 休日にはローストビーフなど凝った料理を作っているとか。

 ただ「食べさせる相手が居ない」とボヤいたので、冗談まじりに「食べに行こうか」と私は返した。

 すると少し間を開けて「セクハラですか?」といつもの台詞。その言葉に、何故かほっとする自分が居た。

 

 そうして色々な場所を見て回る間に、もうすぐ映画の始まる時間となった。楽しい時間は待ち遠しいのに、過ぎ去るのは酷く早い。


 とはいえ、まだ少しばかり時間を持て余す。

 お嬢ちゃんも薬局王キングも、まだ待ち合わせ場所に来ていない。


 時間潰しを兼ねて、私は綾部あやべさんと映画館の側にあるペットショップに入った。

 店奥のケースには、子犬や子猫が所狭しと元気に動き回っている。


「可愛い…」


舌を出して飛び跳ねる一匹のトイプードルを前に、綾部あやべさんは恍惚の表情を浮かべていた。


綾部あやべさん、犬好きなの?」

「はい。小学生の頃に実家で犬を飼っていました」

「犬種は?」

「ダックスフントです」

「あの足が短いコ?」


私は1番端の子犬を指差した。焦茶色の胴長な仔が、気持ちよさそうに寝息を立てている。


「私の飼っていた子は、黒い毛並みでしたが」

「今はペットいないの?」

「1人暮らしで動物を飼うのは少々躊躇ためらわれましたので。ですが、いつかは犬と一緒に暮らしたいです」


自嘲じみた綾部あやべさんの薄い笑みに、私も情けない笑みで応えた。


「僕もペットと暮らしたいよ。癒しが欲しい」

「そういえば事務長も御一人暮らしでしたね」

「うん。でも犬を飼うなら、綾部あやべさんの言う通り家族が居ないとね。それか同棲してくれる恋人」

「事務長は……お付き合いされている方など居られませんよね?」

「居ないこと前提の聞き方?! いや確かに居ないけど!」

「承知しております」

「それも今使う言葉じゃなくない?! っていうか、そういう綾部あやべさんはどうなのさ」

「残念ながら、診療所以外で出会いなどありませんので」


テンションの高い私に反して、綾部あやべさんは努めて冷静に答えた。


「またまたー。綾部あやべさんなら引く手数多あまたでしょー。美人だし頭いいし。あと意外に家庭的だし」

「意外は余計です」

「ははは。でも、本当に綾部あやべさんと結婚できる人が羨ましいよ」

「………なら、事務長…」

「ん?」

「あ、いえ、その……じ、事務長は、動物がお好きですよね?」

「うん、好きだよ。犬も猫も。ウチも昔はペットを飼ってたから。犬とか小鳥とか」

「では結婚をされるなら、やはり動物好きな女性が良いのでは?」

「まあ、確かにその方が気が合いそうだね。結婚できればだけど」


自虐と冗談を織り混ぜながら、私は予想される冷ややかななじりに備えた。けれど…。


「出来ますよ、事務長なら」

「えっ?」


私の予想は、裏切られた。

 てっきり、また小馬鹿にされるかと身構えていたのに。喉の奥には冗談混じりのツッコミを備えて。


 なのに、出てこなかった。

 

優しく微笑み、どこか色香漂う綾部あやべさんの横顔を見ていると……何故だろう。


 胸の奥がひどく熱くて、苦しくて。


 言葉がなにも、出てこなかった。

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