第42話 05月04日【2】
「よし、席順はこんな感じか」
クレープを食べ終えた私は、白い包み紙に大まかな座席表を書いた。
私たちの席は劇場後方・中央右寄り。1番右端の席は通路に面している。
「座席の希望がある人は居る?」
「あ、わたしココが良いです」
お嬢ちゃんは通路から最も離れた席を指差した。
「そこで良いの?」
「はいっ! この席が一番スクリーンが見やすいんです」
「なるほど」
映画好きにありそうな考え方だ。
スクリーンの中心線からはズレているものの、通路際の席よりは幾分マシだろう。それに右側の席は通路に面しているだ。上映中にそこを通る客も居るだろうから、映画に集中したい人には不人気かもしれないな。
私など、見易さより「万が一トイレに行きたくなった時のために端の席が良い」などと考えてしまうが。
「じゃあ、お嬢ちゃんはココね」
「やった! ありがとうございますっ!」
お嬢ちゃんは嬉しそうに笑った。屈託ないその笑顔が私の胸を撃ち抜く。
「ちょっと
「あ、ああ。ゴメン」
何故かジト目の
とはいえ
「二人は、希望とかある?」
問うも、二人はチラと互いに顔を見合わせるだけで何も答えない。
思った通り二人とも、映画には
「じゃあ、僕ここでいいかな?」
私は通路に面した席を示した。今までのやりとりからも、アッサリ承諾されるかと思ったのだが、
「それは…」「どうでしょう…」
返されたのは歯切れ悪い否定。
予想外の反応に、私は一瞬、言葉を失った。
まさか二人も『上映中にトイレに行きたくなったことを考慮して端の席を確保しておきたい派』だったとは。
まあいい、今日は皆に楽しんで貰う日だ。ここは私が引こう。
「それじゃあ、僕はお嬢ちゃんの右隣の席に――」
「それはダメよ!」
「承諾致しかねます」
またも二人同時の拒絶。それも先ほどより強く。
一体どうなっているんだ。二人は通路側が良いんじゃないのか?
「じ、じゃあ、二人どっちかココ(通路側)にする?」
「………」
「………」
何故そこで押し黙る?! 一体どうしたいんだ君たちは!
「――はっ!?」
と、その時私は気付いてしまった。受け入れ難い現実に。
もしや二人は、私の隣に座ることを
それは『電車で席が空いているけど隣に座っている人が近寄り難い雰囲気で座れない』という、あの感じだ。
流石にそこまで嫌われていないだろうが、映画館は暗く狭い。多少なりとも、男の私に警戒しているのかもしれないな………仕方がない。
「ゴメン、お嬢ちゃん。やっぱりその[真ん中よりの席]を譲ってくれないかな。お嬢ちゃんは僕の右隣に座ってもらって――」
「それは1番ダメ!」
「容認出来ません!」
もう、私はどうしたら良いんだ?!
「というか、もうココしか残ってないよ!」
目尻に僅かな涙を浮かべ、私は通路から2番目の席を指した。両隣りがまだ決まっていない席だ。
「まあ、そこなら妥協点ね」
「仕方がありません」
二人は、まだ納得のいかない口振りだ。一体これ以上の選択肢がどこにあるというのか。
私は目尻に涙を浮かべながら、通路から2番目の席に自分の名前を記した。
「そういえば、
「え? うん、そうだけど」
「モノを取る時も?」
「どうだろう。意識したことないな。でも、利き手側にモノがあるほうが安心かも」
「確かにそうですね。ここの映画館のドリンクホルダーも右側についてますし」
お嬢ちゃんが賛同する。映画館のドリンクホルダーの位置まで記憶しているとは、どれだけ映画が好きなんだ。
「お嬢ちゃんも右利きなの?」
「いえ、わたし実は両利きなんです。もともと左利きだったんですけど、両親が厳しくて無理やり右利きになりました」
「へぇー、両利きなんてあるんだ」
「おかげで授業のノートとかも二つイッペンに取れるんです」
そう言ってお嬢ちゃんは両手で空中にペンを走らせるジェスチャーをしてみせた。
なんだこの可愛い生物は。ニトログリセリンか。私の心臓を爆発させる気か。
「決めたわ!」
などと私が心臓のエンジンを昂らせている間に、
「私は1番端の、この席に座るわ!」
勢いよく指さしたのは、通路に面した席。
「では、私はこちらに」
残る一席には
結果、左側からお嬢ちゃん、
なんだろう。すごく無駄な時間を過ごした気がする…。
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