第35話 04月27日
翌日私は、お嬢ちゃんの顔をまともに見れなかった。
言いようの無い後ろめたい気持ちが、私の胸を
せめて、行けなくなった事情くらい私から話したい。
だが、どうしても彼女と向き合えない。
自分の弱さが、心底イヤになる。
そうして
午前診の片付けも
「何をやってんだ、僕は…」
自責の念にかられ時計を見れば、もうすぐ予防接種が始まる時間ではないか。
流石に、ずっとこうしているわけにもいかない。重い腰を持ち上げ事務所を出ると、あろうことか。
エントランスを出た瞬間、
相変わらずの吊り上がった
「……ちょうど良かったわ。
「……そう」
覇気のない私に、
「実はね、私も
「………」
私は何も答えなかった。彼女も同じチケットを貰っていたからではない。
このタイミングで言い出す、彼女の意図を測り兼ねたからだ。
すると
「安心して。ちゃんとお嬢さんを映画に誘ったわ。ついでに
「えっ…?」
「二人とも「行く」と言っていたわ」
穏やかな口調で、
その声と表情に、私は胸の中に温かい何かを感じた。
目に見えない優しいその熱は、凍り付いていた私の心を
「あ……ありがとう
「だって、それだと
「フェア?」
首傾げて尋ね返すと、なぜか
「とにかく助かったよ、
「その必要は無いわ」
言いながら
「それは…」
「言ったでしょう。私もペアチケットを貰ったのよ。お嬢さんはもうチケットを持っているし、
「あ、そうか」
「そうよ。だから――」
チケットを片手にもじもじと、視線泳がせ
けれど「コホン」とひとつの咳払いで、切れ長の大きな眼が私を真っ直ぐに捉える。
「私と、一緒に映画へ行きなさい」
まるで陽光のように熱い
「な……なに言ってるんだよ
「そうね。でも問題ないわ。私とアナタが映画を観る約束をしていた所に、偶然そちらの従業員が加わったことにすれば」
「そんなの
苦笑いにそう言うと、
「アナタって、本当に頭が固いわね。愚直よ愚直。嘘と誠実さを使い分けてこそ一流の経営者じゃない。
「お嬢さんとの約束は果たしたい。でもお父上から従業員と遊びに行かないよう釘を刺されている。なら私と行くことにすれば良いじゃない。クリニックと薬局の責任者が会食するくらい、どこでもやっていることだわ」
「そうなの?!」
「ええ。ウチのグループでも薬局長と門前医院の院長や事務長が食事に行く話をよく聞くわ。だからアナタのお父様も………私となら、許してくださるはずよ」
妙な自信と説得力を伺わせる
「それに、院長先生は『お嬢さんと二人で行くな』と仰られたのでしょう? なら
「いや、流石にそれは屁理屈じゃない?」
「あら、そうかしら」
わざとらしく、だが得意満面といった
それは厳寒な冬を越えて、春の日差しに溶け出した小川のように。
私は、彼女のチケットを受け取った。
「ごめんね、
「あら。薬局とクリニックがそういう関係にあるのは、NGなのではなくて?」
「経営者なら、
得意な風味で切り返すと、
明るい彼女の笑みに心が擽られて、堪らず私も「クスクス」と笑みを溢した。
叶うなら、この優しい時間がずっと続けばいいのに。
少なくとも私は、そう願っていた。
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