第34話 04月26日
父の言葉で昔の苦い経験を思い出した私は、お嬢ちゃんと二人で映画に行くことを諦めた。
残念だが仕方ない。一度
しかし、お嬢ちゃんが映画を楽しみにしていたのも事実。断るにしても一人で行かせるのは気が引ける。
私の手元に残った、このチケットも渡すべきだろう。
とはいえ、せっかく私を誘ってくれたのに「都合が悪くなったから」などと適当な嘘を吐いて
クリニックの傍の自販機で、珈琲を買いながら悩みあぐねていた、その時。
「あら、どうしたの
振り返ると、
するとその瞬間、私の脳裏に先日訪れたシオンモール(ショッピングモール)の光景が浮かんだ。
「ちょうど良かったわ。今そちらに処方箋を持っていこうと――」
「ねえ、
「……な、なによ急に」
言い終わらぬうちに尋ねる私を、流石の
「良かったらこれ、貰ってくれないかな?」
そう言って私は
「これって…」
「映画のペアチケット。メディセロ《医薬品卸会社》の
「い、良いの?」
「うん。
出来る限りの笑顔を私が作ると、それに呼応するように、
あとは、
※※※
「――それで、私にお嬢さんと一緒に映画へ行けと言うの?」
「……うん」
クリニックの近くに設置されている自動販売機の前。降り注ぐお天道様の
もちろん映画のチケットを渡したことだけで、私の過ちについてはノータッチだ。流石にあの話がまずいことは私にも分かる。
にもかかわらず
「まったく、なんでよりにもよって映画なんて約束したのよ。管理者として少し不注意じゃない?」
眉間に皺寄せ睨み上げる
「それで、どうして私なの?」
「……
「それはまあ、そうね。確かに彼女とは話が合うわ。連絡先も交換して、昨夜もメッセージの
得意気に言うと、
「とにかく、頼むよ
腰を低くチケットを差し出せば、
「ありがとう。そういえば、
「当たり前じゃない。行ったとしても全員参加の忘年会程度ね。個人的に遊びに誘うなんて
「でも、上司が部下や後輩を食事に誘うなんて普通じゃない? 女性同士なら問題も無いでしょ?」
何の気なしに吐いた
「アナタ、少し自覚が足りないんじゃなくて?」
憐みにも似た
「私達はあくまで経営者なのよ? 一般企業で上司が部下を誘っても許されるのは、その上司も会社に雇われている被雇用者だからよ」
強い口調で
「私達はただの上司じゃないの。経営者なの。言い換えれば会社そのものよ。そんな私達が、特定の従業員を
「……そう、だね」
真に迫る彼女の一言一言が、私の心に重く圧し掛かる。まるで自身の幼稚さを、少しずつ露呈されているようで。
「そんな顔しないでちょうだい。私が悪者みたいじゃないの」
「……ゴメン」
「……もういいわ」
吐き捨てるようにそう言うと、
それはまるで、私から離れていく心を体現するかのように。
残された私は、空を見上げた。
臆病で情けない、自分の弱さと愚かさを誤魔化すために…。
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