第31話 04月17日【4】

 「すみませんでした事務長。折角のデートだったのに…」

「だからデートじゃないって」


帰りの電車内。私の隣席で申し訳なさそうにするお嬢ちゃんに、私は控えめの笑顔でこたえた。


 シオンモールでお嬢ちゃんを交じえ、私達は3人で和風カフェへ赴いたのだが、残念なことに私は彼女らの会話に全く付いていけなかった。


『学校がカトリックだった』

『一人一冊聖書を持っていた』

『女子高特有の雰囲気についていけなかった』

『習い事の先生が唯一関わる男性だった』


などなど、共通項の多い二人は私の存在を忘れたかのように盛り上がった。

 とはいえ薬局王キングとお嬢ちゃんが仲良くしてくれるのは純粋に嬉しい。

 その薬局王キングはというと、カフェを出てすぐ『近くにある店舗に顔を出してくる』と言って、私達とは反対方向の電車に乗った。日曜日なのに責任者というのは忙しいのだな………あ、私も一応事務の責任者か。


 「――でも事務長って、薬局長やっきょくちょうさんとすごく仲が良さそうだし…」


笑顔とも悲哀とも言えない複雑な様相のお嬢ちゃんに、私は『そうかな』と曖昧あいまいに答えた。


「だって渾名あだなや名前で呼びあってるし…」

「それなら、お嬢ちゃんだって渾名あだなで呼ばれてるじゃない。薬局王キングだって、いつの間にか『お嬢さん』なんて言ってたし………そういえば、今日はレッスンて言ってたよね。どんな習い事してるの?」

「え?」


無理から話題を変えた私を、お嬢ちゃんの丸く大きな双眸そうぼうが見つめる。そんな可愛い顔で注視しないでくれまいか。恥ずかしくて胸が痛い。


「あの……笑わないでくださいね」


もじもじと手遊びしながら、お嬢ちゃんは私の様子を伺う。


「わたし、その……一応、モデルのお仕事もしてて…」

「……えっ?」


私は自分の耳を疑った。

 今『モデル』と言ったのか? いやまさか。たしかにお嬢ちゃんは可愛いいし背も高くスレンダーで、如何にもモデル体型だが…。


「こ、高校の時に、妹が勝手に応募したファッション誌に載ったのが切っ掛けなんですけど……あ、でも全然そんな大したことないんですよ? 言っても読モみたいな感じです」


お嬢ちゃんは顔を真っ赤に染めて俯いた。

 揺蕩たゆたう意識を引き戻し、私は苦み走った笑顔で取り繕う。


「じゃあ、将来はプロのモデルさんになるの?」


出来るだけ平静を装い尋ねると、お嬢ちゃんは視線伏せたまま静かに首をかしげる。


「モデルのお仕事は嫌いじゃないんですけど、わたし、人前に出るのも得意じゃないし、男の人も苦手で……とくにグイグイくる男性ヒトは」

「けどモデルさんなら事務所や現場にも男の人もいるでしょ?」

「あ、ウチの事務所は社長も女性で、男の人が居ないんです」

「……ふぅん」


などと生返事を装うも、内心はホッと胸を撫で下ろしていた。偏見だが芸能界など荒んだ印象しかない。そんな世界でお嬢ちゃんが働くなど、サファリパークにチワワを放り込むようなものだ。


「でも男の人が苦手っていうのは意外だな。そんな風には見えないけど」

「そんなことないです。本当に男の人の前だと緊張しちゃって……あ、でもなぜか事務長とは普通に喋れるんです。自分でもよく分からないんですけど」


ニコリと、少しだけ恥ずかしそうなお嬢ちゃんの笑顔が、私の心を絶妙にくすぐった。


「ずっと女子高だったから男の人と話す機会とかも全然無くて、なに話せば良いかも分からなくて、もともと緊張しやすいのもあって、言葉が出なくなっちゃうんです」


言われて私は面接時の電話を思い出した。確かに電話口の彼女は、声も小さく頼りない印象だった。


「それでアルバイトも女の人が多い所にしてたんですけど、結局どこも上手くいかなくて………だから今、〈つがみ小児科〉で働けるのが嬉しいんです」


まるで向日葵のように温かく、お嬢ちゃんは笑った。その笑顔に思わず私も笑みが浮かぶ。


「僕も、お嬢ちゃんと働けて嬉しいよ」


精一杯に柔らかく笑顔を作れば、それに応えるようお嬢ちゃんも屈託ない笑顔を向けてくれた。

 傍から見れば何の変哲もない会話が。

 ささやかなこの時間ひとときが、私には堪らなく嬉しかった。

 けれど現実は無慈悲なまでに平等な時を刻む。 

 電車は早くも私の降りる駅へ到着した。


「じゃあ、これからも宜しくね」

「はい。宜しくお願いします」

「お疲れ様」

「お疲れさまでした」


電車のドアが閉まってもなお、私の姿が見えなくなるまでお嬢ちゃんは小さく手を振り続けてくれた。


としては、見られてないのかな…」

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