第30話 04月17日【3】

「お、お嬢ちゃん…」


仕事で使う玩具を薬局王キングと一緒に買った後、シオンモール内で偶然にもお嬢ちゃんと出会った。

 突然の登場に私はもちろん驚いているが、そんな私を見つめるお嬢ちゃんもまた驚愕の様相をていしている。


「お、お疲れ様です…」

「う、うん。おつかれ…」


お互いに何を喋って良いのかも分からず、妙な沈黙が辺りを包む。


「あ、翔介しょうすけ。ごめんなさい、ちょっと手を洗いに行ってて――」


いつの間にかトイレに行っていたらしい薬局王キングも、お嬢ちゃんの姿を目にするや否や石のごとく固まった。というか手洗いに行くなら行くと言ってくれまいか。心なしかまぶたが赤い気もするけれど。


「貴女………〈つがみ小児科〉の…」

「は、はい! 事務の小篠こしのでしゅ」


噛みながらも、お嬢ちゃんは丁寧にお辞儀を返す。

 恐る恐ると顔を上げたお嬢ちゃんは、上目遣いに私と薬局王キングを交互に見やった。


「あの……お二人は、その……お付き合い、されてるんですか?」

「え?」「へ?」


今度は私と薬局王キングが顔を見合わせると、みるみるうちに彼女の顔が紅潮した。


「そ、そ、そんなワケないじゃない! 誰がこんな男と!」


叫びながら薬局王キングはビシッと私を指差した。

 確かにその通りだが、そんなに強く否定しなくも良いだろう。いや誰が『こんな男』だ、失礼な。


「そ、そうなんですか?」

「当然よ! 今日はただ薬局みせに置く子ども用の玩具を買いに来ただけなんだから!」


今度は私の両手にある玩具屋の袋を指し示した。それに合わせ私も袋を持ち上げてみせる。


「僕も病院に置く玩具をね。ただ一人で買いにくるのは恥ずかしいから薬局王キングに付き合ってもらったんだよ」

「あっ、昨日壊れた玩具オモチャのことですね」

「そうそう」


二度続けて頷くと、お嬢ちゃんの表情から驚きとまどいが消えて笑顔が浮かんだ。


「ち、ちなみに聞くけど、具体的にはどの辺でそう思われたのかしら? べ、別に他意はないけれど!」


腕組みした薬局王キングはソッポを向いて尋ねる。お嬢ちゃんは「えーと」と思い出すよう上を見上げた。


「前にお会いした時に、薬局長やっきょくちょうさんが事務長のことを名前で呼んでたから…」

「あ、そういうこと」


顔をそむける薬局王キングに変わって私が納得の相槌を打つ。


「それに薬局王やっきょくちょうさん、美人だし……事務長と年齢としも近いって聞いてたから…」

「あ、あら? お上手ね。そんなお世辞言っても何も出ないわよ? それに、貴女だってとても可愛いじゃない」


謙遜しながらも、薬局王キングは明らかに上機嫌だ。美人のお嬢ちゃんから「綺麗」と言われて鼻が高いのだろう。


「ところで、貴女は恋人とお約束かしら?」

「――っ!?」


今度は私が薬局王キングに視線を突き刺す。

 よくもまあ、そんな堂々と繊細デリケートな部分に踏み込めるものだ。これだから社長令嬢は。デリカシーという言葉を御存じだろうか。


「そんなにも若くて可愛いのだから、良い男性ひとの一人や二人は居るのでしょう?」

「い、いえ全然! わたし、中学からずっと女子高で、今まで男の人とお付き合いもしたことなくて…」

「――っ!?」


お嬢ちゃんが必死に手と首を振る姿を目にした私の脳内には、教会のベルが鳴り響き天使が舞い踊った。

 まさかこうもアッサリと他人ひとを幸福に導けるとは。これが人の上に立つ人間の……いずれ王となる者の器なのか。


「あら、そうなの? 私もよ!?」


叫ぶように答えた薬局王キングは、喜悦をあらわにお嬢ちゃんの傍へ寄った。


「中高一貫の私立高だったから。周りはずっと女ばかりで」

「あ、私もですっ」


言葉を交わすにつれて二人の表情がみるみる明るく、声も高くなっていくのが見て取れる。


「ちなみに大学はどちら?」

光欄こうらん女子です」

「あら、優秀ね」

「そんな。薬剤師の先生に比べたら全然です」


謙虚な姿勢を崩さないお嬢ちゃんに、薬局王キング満更まんざらでもない風に頷いた。


「ところで貴女、いま時間はあるかしら?」

「あ、はい。少しなら」

「もっと貴女と話をしたいわ。良ければあそこの和風カフェでお茶でも如何? ここで会ったのも何かの縁だし、奢ってさしあげるわ」

「え、良いんですか? 嬉しいですっ」

「いくらでも好きなものを注文なさい。そこにいる医者の息子がなんでも御馳走するから」


さも当然のように言うと、薬局王キングはお嬢ちゃんの手を引いてサッサと和風カフェに向かった。


「……え、僕が奢るの?」

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