第29話 04月17日【2】
「ふぅ…」
シオンモール(ショッピングモール)のカフェテリアで、新作のラテを片手に、
「お疲れ気味?」
「ええ。少し人に酔ったわ」
本当に辛そうな口調で、彼女は甘さ満載のカフェラテを上品に啜った。
雑貨店を出た後、私達は別の玩具店を訪れた。
チェーン店だけあって店舗も広く、数えきれない程の商品が陳列されていた。
それら大量の玩具を持ってレジに並ぶと、予想通り店員さんに『プレゼントですか?』と聞かれたが、
そうして無事に仕事用の玩具は買えたのだが、選ぶのに少々熱が入ったせいで、疲れてしまった。
「……私、昔からこういう場所にあまり来なくて」
「そうなの?」
「中高と私立の進学校に通っていたから、ずっと勉強と習い事ばかりだったし、大学でも部活やサークルには入らなかったから」
「あー、薬学部って大変らしいね。アルバイトとかは?」
「ほとんど出来なかったわ。勉強と実習でそれどころじゃなかったし、父にも禁止されていたから」
詰まらなそうに言うと、
その視線の先には他の客達。日曜日だけあって若いカップルや学生らしきグループが目立つ。
「おかげで恋人どころか、友達と遊ぶ機会も無くて……気付けばこの
などと笑っているものの、その微笑みはどこか悲し気で、私の眼には乾いて映った。
「僕も似たようなものかな。気付いたら今年で三十路。このあいだ辞めた事務の
「……結婚ね」
自虐で笑いを取るつもりだったが、
「アナタ、結婚願望は強いの?」
「え? うーん、まあ人並みには」
「そう…」
小さく呟いて、
「最近、父が結婚を勧めてくるのよ」
「そうなん?」
「でも『相手は薬剤師じゃないとダメだ』って。きっと私が
「そうなの?」
「そうよ。薬局はあくまで営利法人。非営利のクリニックとは根本が違うのよ」
「へー、知らんかった」
できるだけ平坦な口調で答えながらラテを啜ると、
「……まあ、医療関係者だったり、医療経営に携わっているような人なら、お父様も納得すると思うけれど」
「――っ!?
「な、なによ」
「父親のこと、『お父様』って呼んでるの?」
けれど途端、
「アナタ、たまに女性から冷たくされるでしょ」
「なんで分かるの!?」
「……もういいわ」
つっけんどんに言い放つと、
「あ、ちょっと待ってよ
「なによ。自分のカップなら自分で捨て――」
「違うよ。はい、これ」
と、私は上着のポケットから小さな紙袋を取り出した。
小首
「今日は付き合ってくれてアリガト」
私が贈ったそれは
まるで宝物を手に入れた少年のように、
「綺麗…」
「良かった。店でそれを見た時に、
「い、いいの? 処方元のクリニックと薬局が、こういう贈り物はダメだって前に言ってたじゃない」
「それは薬局さんから貰う時だけ」
「なによ……私からはチョコレートを受け取らなかったくせに、そんなのズルいわよ……バツとして私の荷物も持ちなさい!」
吐き捨てるように言うと、
両手いっぱいに玩具の袋を抱えて、私もカフェテリアを後にする。
だが先に出た彼女の姿が見当たらない。
キョロキョロと辺りを探し見ていた、その時。
「事務長?」
可憐な声が耳に届いて、私は振り返った。
そして同時、私の体は石のように動かなくなる。
何故ならその声の主は………他でもない、お嬢ちゃんなのだから。
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