第29話 04月17日【2】

 「ふぅ…」


シオンモール(ショッピングモール)のカフェテリアで、新作のラテを片手に、薬局王キングが溜息を吐いた。


「お疲れ気味?」

「ええ。少し人に酔ったわ」


本当に辛そうな口調で、彼女は甘さ満載のカフェラテを上品に啜った。


 雑貨店を出た後、私達は別の玩具店を訪れた。

 チェーン店だけあって店舗も広く、数えきれない程の商品が陳列されていた。

 薬局王キングはアンパンを模したキャラクターの人形や女の子が好みそうなヌイグルミを選び、私も乳幼児向けの知育玩具や特撮ヒーローのソフビ人形などを少々。

 それら大量の玩具を持ってレジに並ぶと、予想通り店員さんに『プレゼントですか?』と聞かれたが、薬局王キングが堂々と丁重に断ってくれた。彼女が一緒で本当に良かった。


 そうして無事に仕事用の玩具は買えたのだが、選ぶのに少々熱が入ったせいで、疲れてしまった。


「……私、昔からこういう場所にあまり来なくて」

「そうなの?」


薬局王キングの注文とは別のカフェラテを飲みながら私は尋ね返した。


「中高と私立の進学校に通っていたから、ずっと勉強と習い事ばかりだったし、大学でも部活やサークルには入らなかったから」

「あー、薬学部って大変らしいね。アルバイトとかは?」

「ほとんど出来なかったわ。勉強と実習でそれどころじゃなかったし、父にも禁止されていたから」


詰まらなそうに言うと、薬局王キングは店内に目を向けた。

 その視線の先には他の客達。日曜日だけあって若いカップルや学生らしきグループが目立つ。


「おかげで恋人どころか、友達と遊ぶ機会も無くて……気付けばこの年齢トシよ」


などと笑っているものの、その微笑みはどこか悲し気で、私の眼には乾いて映った。


「僕も似たようなものかな。気付いたら今年で三十路。このあいだ辞めた事務の鈴鹿すずかさんにも、早く結婚するよう言われちゃったし」

「……結婚ね」


自虐で笑いを取るつもりだったが、薬局王キングは一層と表情に色を表さず頬杖をついた。


「アナタ、結婚願望は強いの?」

「え? うーん、まあ人並みには」

「そう…」


小さく呟いて、薬局王キングはまた甘いラテを啜った。


「最近、父が結婚を勧めてくるのよ」

「そうなん?」

「でも『相手は薬剤師じゃないとダメだ』って。きっと私が薬局かいしゃを継ぐことを想定して言っているのだろうけど、調剤薬局は薬剤師でなくても経営者になれるんだから、結婚相手が薬剤師である必要はないわ。そう思わない?」

「そうなの?」

「そうよ。薬局はあくまで営利法人。非営利のクリニックとは根本が違うのよ」

「へー、知らんかった」


できるだけ平坦な口調で答えながらラテを啜ると、薬局王キングも同様にチビリと口に含んだ。


「……まあ、医療関係者だったり、医療経営に携わっているような人なら、お父様も納得すると思うけれど」

「――っ!? 薬局王キング

「な、なによ」


薬局王キングの美しい瞳を真っ直ぐに私が見つめると、身構える彼女はゴクリと喉を鳴らした。


「父親のこと、『お父様』って呼んでるの?」


けれど途端、薬局王キングは白けた表情で項垂うなだれる。


「アナタ、たまに女性から冷たくされるでしょ」

「なんで分かるの!?」

「……もういいわ」


つっけんどんに言い放つと、薬局王キングはカフェラテを一気に流し込み、空のカップを手に立ち上がった。


「あ、ちょっと待ってよ薬局王キング

「なによ。自分のカップなら自分で捨て――」

「違うよ。はい、これ」


と、私は上着のポケットから小さな紙袋を取り出した。

 小首かしげながらも袋を手に取り、薬局長キングは丁寧に開封した。


「今日は付き合ってくれてアリガト」


私が贈ったそれは橄欖石ペリドット緑蛍石フローライトなどを中心とした、鮮やかな緑色を呈す天然石のブレスレットだ。

 まるで宝物を手に入れた少年のように、薬局長キングはブレスレットをじっと見つめた。


「綺麗…」

「良かった。店でそれを見た時に、薬局長キングっぽいなーと思ったんだよ」

「い、いいの? 処方元のクリニックと薬局が、こういう贈り物はダメだって前に言ってたじゃない」

「それは薬局さんから貰う時だけ」

「なによ……私からはチョコレートを受け取らなかったくせに、そんなのズルいわよ……バツとして私の荷物も持ちなさい!」

吐き捨てるように言うと、薬局王キングはプイッと背を向け早々と一人で店を出た。

 両手いっぱいに玩具の袋を抱えて、私もカフェテリアを後にする。

 だが先に出た彼女の姿が見当たらない。

 キョロキョロと辺りを探し見ていた、その時。


「事務長?」


可憐な声が耳に届いて、私は振り返った。

 そして同時、私の体は石のように動かなくなる。

 何故ならその声の主は………他でもない、お嬢ちゃんなのだから。

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