第24話 04月07日

 「うわ、マジかっ!?」


午前診が終了して間もなくのこと。患者様のいない受付で業務メールの確認をしていた私は、その内容に声量調節を誤った。

 素っ頓狂な私の声に、事務用品の発注をしていた綾部あやべさんも振り向く。


「どうしたんですか、事務長」

「ああ、ゴメン。今度の診療報酬改定の件でね、医療用PCレセコンのメーカーが主催で説明会を開いてくれるんだけどさ」

「以前にも仰ってましたね」

「うん。だけど、その説明会の参加希望者に偶然空きが出たみたいでね。『もう一人参加できるけど、どうですか?』っていう案内のメールが、さっき届いたんだよ」

「そうですか。ですがその説明会、とても人気だったのではありませんか?」

「そうそう。本当は各院1人ずつしか出席できないから、驚いちった」


私はモニターを見つめたまま「むぅ」と小さく唸った。


「父さんは………どうせ行かないか」


説明会の開催日である土曜日は、夕方から用事あると言っていたし、そもそも誘ったところで来ないだろう。

 しかし勿体ない。この説明会は報酬改定の詳しい内容説明だけでなく、それに伴う医療用PCレセコンの使い方も講義してくれる。

 それも無料で。

 この機会をみすみす逃すのは惜しい。どうせタダなら一人より二人の方がお得だし、万一私が説明会の途中で腹を下しても保険になる。


「そうだ、綾部あやべさん一緒に行かない?」

「えっ……私ですか?!」


普段のクールな彼女からは想像できない声量で、綾部あやべさんは驚きをあらわにした。


「あ、その日は用事とかある?」

「いえ、そういうわけではありませんが……宜しいのですか?」

「だって父さんは用事があるし、前に医師会の説明会に出てるから。保険とかレセコンのことは僕に丸投げだしね。あ、説明会の時間も残業代つくように父さんにも言っとくから安心して」

「そういう意味ではありませんが…」


綾部あやべさんは少しばかり黙すと、「ふう」と小さな吐息を漏らした。


「まあ、良いでしょう。土曜日は用事もありませんでしたし、たまには事務長のワガママに付き合って差し上げます」


ツンと澄ました振る舞いで、綾部あやべさんはまた事務用品の発注作業に戻った。

 素っ気ない態度だが、彼女が承知してくれたのは素直に嬉しい。


「ありがとう。じゃあ土曜日の診察終わったら行こうか。綾部あやべさん、明後日は出勤だったよね」

「はい。会場は近いのですか?」

「ここからだと電車で1時間半くらいかな」

「少々遠いですね」

「車で行けばすぐだよ」

「私は車を持っていません」

「じゃあ、僕が運転するから一緒に行こうよ。遅くなるみたいだから帰りに御飯でも食べようか。付き合ってくれる御礼に奢るよ」

「っ……!」


綾部あやべさんの眼が大きく見開かれた。そんなに驚かなくてもいいだろうに。余程私はケチだと思われているのか?

 直後、綾部あやべさんは私に背を向けるや「コホン」と咳払いした。


「し、仕方がありませんね。無下むげに断ると普段一人寂しくお食事をなさっている事務長があまりにあわれですからね。仕方がないので御馳走になってあげましょう。本当に仕方がありませんね」

「どんだけ仕方ないんだよ。でも、それなら御礼に当日は綾部あやべさんの好きなものを御馳走するかな」

「では……シーサイドホテルのレストランで最高級フレンチでも」

「それは勘弁してください!」



 ※※※



 綾部あやべさんを説明会に誘った、およそ一時間後。すべての業務を終えた私が表のシャッターを下ろしていると。

 

翔介しょうすけ!」


閑静な住宅街に、私を呼ぶ声が響いた。

 振り返ると、隣の薬局から薬局王キングが肩で風邪を切り歩み寄ってくる。あちらはまだ営業中のようだ。


「なんだよ薬局王キング

「失礼ね! なんだとはナニよ! 折角この私が声をかけてあげたのに!」

「だから何の用事なのよ」

「あ……そ、そうね! よ、喜びなさい! 今度の土曜日に――」

「いえ、結構です」

「まだ何も言ってないわよ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る