第22話 03月15日~03月17日【綾部さん編・2】
私が入職した頃、〈つがみ小児科クリニック〉では常勤職員の登用はありませんでした。特に事務員は、事務長がいらっしゃいましたので。
面接の時にそれを伺い、私は半ば入職を諦め別の医療機関への応募を考えていました。
丁度その時でした。事務長から採用の御連絡を頂いたのは。
面接して頂いた日から、既に10日が経過していましたが。
どうやら事務長が何度も頭を下げて院長先生を説得してくださったそうです。
他の事務員さんや看護師さんらにも説明をして、ようやくと私を常勤職員として登用する許諾を得られたのだとか。社労士さんや会計士さんとも幾度と話し合われたそうです。
その事実を私が知ったのは入職から半年も経った頃でした。休憩室でお昼を頂いていた私に、院長先生がお話しくださったのです。
『
手前味噌ですが、私は調剤薬局での事務経験がありましたし、薬学部に在籍していたので薬や保険の知識に多少精通していました。それが院長先生の御眼鏡にかなったのでしょう。
しかしそれも、事務長が必死に懇願して私を雇い入れて下さったからこそ。
何故そんなにも私のことを買ってくれたのか。
私は思い切ってお伺いしました。
すると、こともあろうに事務長は…。
『一目惚れかな』
などと臆面もなく………本当に、総天然色なおバカ事務長です…。
も、もちろんそれは私の経歴や取得している資格など業務面で有用だと判断してくださっただけ、というのは理解しています。
思えば入職以降も、他の職員さん達と雇用形態が違うことで摩擦が生まれないよう取り計らってくださいました。
『僕が仕事をサボりたいから常勤さんを無理に雇った』などと不平不満が御自身へ向くよう吹聴したり……本当に、バカな
そういえば私の誕生日には1ヵ月も前から好きなものを尋ねたり……あれで誤魔化せているつもりなのですから。
その時は私も適当に『甘いモノでしょうか』などとあしらったので、それを馬鹿正直に信じた事務長は、有名な洋菓子店のフィナンシェをプレゼントしてくださいました。
「………」
個包装のフィナンシェを手に取った私は、100円ショップで買ってきたプレゼント用の箱へ数個詰めていきます。
同じようにマドレーヌと、バームクーヘンも。
この昔からある、駄菓子のキャラメルも。
キャラメルには甘く優しい味わいのキャラメルには「一緒にいると安心する」という意味があります。あの総天然色事務長にはピッタリでしょう。
それから、一応バレンタインのお返しという意味でもチョコレートを……そういえば事務長、隣の薬局長さんからのバレンタインを断ったそうですね。
彼女の反応を見るに、恐らく薬局長さんも事務長のことを…。
まったく何様のつもりなのでしょうか、あの事務長は。
あんな美人な方がお傍に居るというのに、今度も若くて可愛い事務員さんを雇って、ハーレムでも作るつもりでしょうか………まあ、彼女は私も推していますが。
しかし段々と腹が立ってきました。この酸っぱいグミも入れてやりましょう。
うん、箱も充分に満たされましたね。
「あとは…」
私はテーブルの上の小瓶を手に取りました。中には和菓子店で買ってきた、色鮮やかで小さな金平糖が入っています。
その小瓶を、様々なお菓子の詰め込まれた箱の中心に潜り込ませます。できるだけ他のお菓子に紛れるこむように。
蓋をして同じく100円ショップで購入したラッピングを施して………よし、これで完了ですね。
まったく、貴重な休日をあんな総天然色おバカ事務長のために浪費するなど、時間の無駄にも程があります。
「これで喜んで下さらなかったら、本当に怒りますからね……おバカ事務長」
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