第19話 03月31日【2】

 施錠済の自動ドアをノックしていたのは、偉そうに仁王立つ白衣姿の女性だった。


 細身の体躯にウェーブがかった茶髪。

 堂々たる様に、自信満々といった瞳。

 端正なその顔は、私もよく見知ったもの。


「げっ…」


思わず漏れ出た私の本音に、彼女はキッと眉尻を上げた。


「「げっ」とはなによ「げっ」とは! そんなに私が来るのが気に入らなくて? 翔介しょうすけ!?」


見た目に高圧的な言動。ドラマや映画に登場するお姫様のような喋り方で、女性は尚も私を睨み上げる。


「だって、また文句言いに来たんだろ~」

「失礼ね! 文句じゃないわ! お願いに上がりに来たのよ!」


面倒臭そうな私の態度に腹を立てたか、白衣の彼女は腕組みしてソッポを向いた。


 彼女は当院のお隣に店舗を構える調剤薬局〈ヴェール・ファーマシー〉の薬局長やっきょくちょう(管理薬剤師)だ。

 有名大学の薬学部(6年制)にストレートで合格し、一度も留年せず国家試験も一発合格という才女である。

 ちなみに〈ヴェール・ファーマシー〉は彼女の父親が近隣県内でチェーン展開をしている薬局。

 言ってみれば彼女は令嬢の薬剤師。その優秀さと気位の高さからか、彼女の強引さには父も私も少々困惑している。


「お願いに来る態度じゃないだろ。てゆーか病院で下の名前呼ぶのやめてよ」

「院外で呼ぶ機会なんて無いじゃな………あっ」


居丈高に私を睨み吠えていた彼女は、掌を返したよう気を静めて「コホン」と一つ咳払いした。


「そ、それはもしかして、私と二人で食事にでも行きたいということかしら? そういうことなら考えてあげなくもないわ! カクテルでも飲みながら後発品の処方について話を――」

「いえ、結構です」

「なんでよっ!?」


薬局長は二重瞼の大きな目を見開いた。


「クリニックと薬局がそういう懇意の関係にあるのはダメでしょーよ。薬剤師会から言われてない?」

「し、知ってるわよ、そのくらい! 大体あなた、この間もそう言ってバレンタインにチョコレート受け取らなかったじゃない!」

「処方元の病院と薬局に利害関係があると、患者様が薬局を選択する権利を侵害しかねないので」

「くどいわよ!」


プイッとそっぽを向いて、薬局長はリスみたく頬を膨らませた。まったく、これだから彼女の相手には苦労するのだ。


「あ、事務長。お疲れ様です」


と、お嬢ちゃんがマンションのエントランスから出てきた。気付いた薬局長もそちらへ振り向く。


「今からお昼?」

「はい。すぐそこのスーパーで買ってきます」

「気を付けて」


私が手を振ると、お嬢ちゃんも小さく両手を振り返し、チョコチョコと小走りに駆けて行った。なんだあの動きは。天使か。

 などと見惚れている私の横で、薬局長が石のように固まっていた。


「おーい?」

「――……」


肩を叩くと、錆びついた扉ようにギコちなく私を振り返った。


「な……なに、あの!?」

「今月からウチに入った新しい事務員さんだよ。鈴鹿すずかさんが辞めるって、前に言ったろ?」


唖然と驚愕の表情を呈したまま、薬局長は勢いよく私の白衣を掴んだ。


「ど、どうやって連れてきたの!? 芸能人?!」

「ははー、可愛いだろー」


私は剽軽ひょうきんに笑ってみせた。少しだけ自慢を混ぜて。

 反して薬局長は、あからさまと訝しく顔をしかめている。


「い………いやらしいわね! 鼻の下伸ばしてデレデレと! 綾部あやべさんといい、あのといい、あなた余程よっぽど美人が好きなようね!」

「その理屈だと、薬局長あなたのことも好きになりますけども」

「ちょっと! それどういう意………え、本当ホントにどういう意味!? ねえ!」


薬局長は顔を赤く染め上げ、私の白衣を掴んだままガクガクと前後に揺さぶった。


「早くお答えなさい!」

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