第17話 03月25日

 『お嬢ちゃん』こと、小篠こしのさんが入社して、ちょうど1週間が経過した。

 医療の仕事は覚えることが多くハードなので、この辺りで辞めてしまう方も居る。

 特に、若い人や未経験者は。

 だが、お嬢ちゃんは頑張ってくれている。

 真面目で一生懸命で、愛想が良く気も回る。

 少し引っ込み思案な気質で恥ずかしがりのようだが、ウチで仕事をするには何の問題もない。ここが居酒屋なら話は別だが。

 それに、他の従業員スタッフさんとも仲良くやれているようだ。

 綾部あやべさんをはじめ年齢の近い事務員さんは居るが、彼女は当院で最年少。正直、周りと馴染めないかとも危惧した。

 だが楽しそうに会話をしている姿を見るに、どうやら余計な心配らしい。

 唯一、院長である私の父には慣れないようで、診察室に入るたび緊張しているようだが、あの仏頂面を前にすれば誰だってそうなる。

 途中、医薬品卸会社メディセロの営業担当さん(42歳・既婚男性)が立ち寄られたので紹介すると、「お綺麗な方ですね」と褒められ、お嬢ちゃんは頬を真っ赤に俯いた。

 そんな仕草もまた、愛らしい。


 

 ※※※



 「――どうだ、あの子は」


休診時間中、郵便局へ行こうとする私に執務室の父が唐突に尋ねた。


「あの子って、小篠こしのさんのこと? 別に普通だよ」

「履歴書はあるか」

「ああ、うん」


言われて私はラックから職員の履歴書名簿を取り出し、彼女のページを開いて渡した。

 父は無表情のまま、履歴書と回答済みの質問用紙へ目を通した。


「社員で働いたことがないのか」

「みたいだね」

「どこも長続きはしていないようだが」

「コロナだからね、今は」

「頭の良い子ではあるようだな」

「テストも満点だもんね」

「そうじゃない」


パタンと閉じた名簿を、父は私に突き返した。

 相変わらずの悪い人相だ。よくもまあ、その顔で小児科をやろうと思ったものだ。


「最初に会った時、私の質問にも動じずに、すぐ答えた。それも一瞬で当たり障りのない応えを。頭の回転が速い証拠だ」

「ああ、確かに」

「それに覚えも早いようだ。地頭が良いのだろう」

「クリニック経験者だしね」

「ご実家は病院か?」

「知らないよ。聞いたこと無いし」

「面接で確認しなかったのか」

「そーゆーの、面接で聞いちゃダメなんだって」

「そうか…」


父は少し残念そうに呟いた。彼女の家が病院だったら、何か良いコトでもあるのだろうか。確かに医師は横の繋がりも大事だろうけど。


「それにしても若いな。大丈夫か」

「僕も最初そう思ったよ。でも綾部あやべさんもしてたし、皆とも上手くやってるから」

「そうか。まあ、しっかり指導しろよ。くれぐれも前みたいなことには、ならんようにな」

「………わかってるよ」


父のその言葉に苛立ちを覚え、私は少しばかり、ぶっきらぼうに言葉を返した。


「ところで、さっき道で隣の薬局長やっきょくちょうに会ったぞ」

「ふーん。なんか言われたの?」

「もっと後発品(後発医薬品)を出す(処方しょほうする)よう嘆願たんがんされた」

「なんて言ったの?」

「考えておく、と。お前はどう思う」

「そりゃあ、後発品ジェネリックにするべきだと思うよ。患者さんの負担も減るし、その方がウチも点数とれるし」

診療所ウチにはスズメの涙だ」


詰まらなそうに言いながら、父はペットボトルの緑茶を煽った。

 来月から、診療報酬が改定される。

 薬局さんも後発品の処方に躍起になっているのだろうが……彼女と仕事の話をするのは、父でなくとも溜め息を吐きたくなる。


「郵便局行ってくる」


私は暗い雰囲気から逃げ出すように、早々と事務所を後にした。

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