第15話 03月19日~03月22日

 「なんだ、コレ?」


綾部あやべさんから貰ったホワイトデーのお返しを見て、私は驚いた。なにせ、そこには"手作り”どころか、明らかに既製品と思われる個包装菓子が詰め込まれているのだから。

 

チョコレート、マドレーヌ、バームクーヘン、フィナンシェ、キャラメル、グミ……色々な種類の洋菓子が雑多に。


専門店で買ったであろう品物から、コンビニやスーパーでよく目にする駄菓子まで。


綾部あやべさん、自分家じぶんちのお菓子の余りモン詰め合わせたのかな?」


こんなにも沢山の菓子を食べている彼女の姿を想像すると、普段のクールな姿とのギャップに、つい笑みが溢れてしまう。


「……ん?」


洋菓子の山に埋もれるようにして、何か光るものが見えた。

 取り上げてみると、それは小さなガラス小瓶だった。

 中には、彩り豊かな金平糖こんぺいとう

 ビーズのように鮮やかだが、薄く優しい色を呈している。


「懐かしいな」


手に取った瓶を開けて、黄色い金平糖こんぺいとうを一粒、口に放り込んだ。

 優しい甘さが口のなか一杯に広がった。

 唾液の分泌が促進され、レモンの香りがほんのりと鼻腔を抜ける。香料入りの金平糖こんぺいとうなのか。


「美味いな…」


淹れたての熱い紅茶とも良く合う。

 まるで元気を分けて貰ったかのように、私は残っていた仕事に取り掛かった。



 ※※※



 連休明けの火曜日。普段より多くの患者様が来院され、定時を過ぎても午前診が終わらないまま綾部あやべさんが出勤した。今日の彼女は遅番だ。

 その綾部あやべさんと入れ替わるように、鈴鹿すずかさんが退勤される。

 ようやくと午前の患者様の診察が終わり、表に「休診中」の看板を下げてドアをロックした。


「お疲れ様です。今日はお忙しかったみたいですね」


レセコンで来院人数を確認しながら、綾部あやべさんが呟くような尋ねた。


小篠こしのさんは、今日は来られないのですか?」

「連休明けだからね。忙しくて研修の時間は取れないと思って」

「そうですか。では後は私がやっておきますので、事務長は少し休憩なさってください」

「ありがとう」


先週とは打って変わって、今日の綾部あやべさんはなんだか溌剌はつらつとしている。良い休日を過ごせたのだろう。


「流石にちょっと疲れたから、甘いものでも摘まんでくるよ………あ、そういえば」

「はい?」

「お菓子ありがとう。美味しかったよ」


レジ金を照合していた綾部あやべさんの手が、ピタリと止まった。


「特に金平糖こんぺいとうがさ、美味しくて。もう全部食べちゃったよ」

「そっ、そうですか」

「それで、あのメーカー調べてたらさ、金平糖こんぺいとうの意味とかも出て来て」

「えっ…?」


私を見る綾部あやべさんの眼が、大きく開かれた。今まで気づかなかったけど、彼女の瞳は少し茶色がかっている。 


「し、調べたのですか?」

「うん。だから改めて、御礼を言いたくて……綾部あやべさん、僕のことをそんな風に思ってくれてたんだね」

笑顔を向ける私に反して、綾部あやべさんは途端に視線を伏せて顔を赤らめた。


「あ、いえ……その――」

金平糖こんぺいとうって、もともと皇室の引出物で御祝い事とかで配られたり神社の授与品とかに使われてるんでしょ? ”新人さんが決まったお祝い”ってことだよね。ホント嬉しいよ。そんなにも僕の負担を考えてくれて」


私は出来るだけの笑顔で、綾部あやべさんに感謝を伝えた。

 すると、さっきまでの照れた表情は消え失せ普段通りのクールなさまに戻った。

 というか、クールを通り越して氷河のような視線と顔だ。


「………事務長」

「なに?」

「本当に、オメデタイです」

「ありがとー」

「頭の中が」

「うん、ありが……え、どういう意味!?」


聞き返すも、綾部あやべさんはプイとそっぽを向いて答えてはくれなかった。

 まだ少し体調が優れないのだろうか?

 季節の変わり目だし、そんな日もあるだろうけど、体は資本。

 大事にしてほしいものだ。

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