第14話 03月19日

 「超可愛いんですけど!」


明くる日の土曜日。午前診が終わって他の従業員スタッフらが帰ったのち綾部あやべさんが二人で戸締りをしながら、私は昨日のことを話していた。


「なにあの笑顔! 天使か! 天使が舞い降りたのか!」

「……良かったですね」


高揚する私に反して、綾部あやべさんは始終無表情だ。彼女がクールなのはいつものことだが、心なしか今日は一層と抑揚に乏しい気がする。


「しかし、彼女が仕事で長続きしないのも分かる気がします」

「え、なんで?」


院内の電気を消しながら、私は敢えて過剰に首を傾げた。


「可愛すぎます」


目の下にっすらとクマを浮かべて綾部あやべさんは答えた。昨夜ゆうべは眠れなかったのか。


「あれだけの器量です。今の事務長みたいに男性にはモテはやされるでしょうが、それを面白く思わない人も居ます。特に”お局様つぼねさま”と呼ばれるような上司や先輩には、うとまれるかもしれません」

「そんなことある?」

「あります。それに彼女は大人しい性格のようですし、おべっかやゴマスリが出来るタイプにも見えません」


セキュリティロックをかけ内側の扉を施錠し、電動シャッターが降りたのを見届け、私達は事務所へ向かった。


「でも、それならウチには安心だね。そんな意地の悪い人は居ないから。ちょっとキツイこと言われる時はあるけど」

「楽観的ですね」

「信頼してるんだよ。特に、綾部あやべさんのコトは」


薄い溜め息を吐く綾部あやべさんに対し、私は「はっはっはっ」と冗談ぽく笑ってみせた。

 疲れているのだろうか。明日と明後日は休みだから、ゆっくり静養してほしい。


「じゃあ、お疲れ様。綾部あやべさん」

「あ……はい…」


ペコリと会釈して綾部あやべさんは更衣室に入った。

 まだ仕事を残していた私は、休憩室のキッチンで紅茶を淹れるため湯を沸かしていた。

 すると、その時。


「事務長………今、いいですか?」


着替えを終えた綾部あやべさんに声を掛けられた。何故か、視線を伏せたまま。


「どうしたの?」

「あの、これ……どうぞ…」


目を合わせないまま差し出されたのは、可愛らしいラッピングの施された大きめの箱。


「先日、頂いたマカロンの……お礼です。大したものでは、ありませんが…」

「えーっ! ありがとう!」


私は喜色満面と、その可愛らしい包装の箱を受け取った。


「でも、そんな気を遣わなくてもいいのに! 僕が好きでやったことなんだからさ」

「ですが、とても高価なお菓子のようでしたし……それに私、バレンタインもお渡ししてないので…」

「そんなの気にしないでよ。でも、ありがとう。嬉しいよ」


喜びをそのまま笑顔に変えて綾部あやべさんに向けたが、残念ながら彼女は目線を逸らせたまま、一度も顔を合わせてくれなかった。

 どころか「それでは」と性急に身を翻し事務所を後にした。

 彼女を見送った私は、淹れたての紅茶と一緒にテーブルの上へ箱を置いた。

 よく見れば包装やリボンは100円ショップに置いてありそうなデザインだ。もしかすると、中身は手作りのお菓子か何かだろうか。


「あ、そうか。それで寝不足だったのか」 


睡眠時間を削ってまで作ってくれたとは、どれだけ手の込んだお菓子なのだろう。

 私は鼻歌交じりに箱を開けた――が。


「なんだ、コレ?」


その中身に、私は驚いた。

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