追跡中
ヒューマンロイドの軽い操作を覚えた私は、寝瑠子さんに言われるままそのままいきなり仕事を行うことになった。
今現在、国は同じところだろうけどそのほかの情報が分からない、でも市街地なのは見てわかる光景の映像を見ながらヒューマンロイドを操作している。
もちろん、AIの友美と一緒に自室から遠隔操作。
そして、焦りを抱いている私は。
「今のところ、怪しい素振りを見せる気配はないけど、このまま続けてて大丈夫なのかな?」
不安な気持ちが体の中に貯まっていこうとしているところに、
「そもそも依頼者が怪しいと思わなかったら仕事を依頼してこないよ。だからきっと何かあるはず。耐えよう!」
まぁ、私はド素人だから、彼女の言うことを信じるしかない。
とりあえず前方を歩いている男性の追跡を続ける。
また、路上には男性に向かって矢印の導線が伸びていて、どこに向かって歩いていけばいいかを教えてくれていた。
さらに男性の体が黄色い枠で囲まれていて、景色の中で目立つように仕上げられている。
なんて便利な機能なんだ。
そんなことを思っていると、すぐ前方に水たまりが出来上がっているのに気が付く。
このまま歩いて水たまりに足を踏み入れても大丈夫なのだろうか。
「あの、前に水たまりができてるんですけど」
「ジャンプボタンを押して飛び越えるか、そのまま直進すれば友美が対処してくれるよ。多分勝手に避けて歩いてくれるはず」
『ワタシが居れば足を濡らすことはありません』
ジャンプボタンで飛び越えれるという言葉に興味をそそられてしまった。
ちょっとやってみたい。
「ジャンプボタンってどれでしょうか?」
「えーっと、友美、どこ押したらいいの?」
『左スティックを前に深く倒しながら、パッドの右側に四つ配置されているボタンの下のものを押し込んでみてください』
「だって。氷見子ちゃん、やってみてごらん」
「はい」
二人に促された通り、右側の下に配置されているボタンを右親指で押していく。
もちろん左スティックも前方に最大に倒しこみながら。
感覚としては普段ゲームでやっている操作と同じだった。
すると、映像は勢いよく宙に浮かび上がり、景色が揺れて乱れていく。
それからすぐに大きな揺れが一瞬起こった後、映像は安定し、前方には先ほどの男性が路上を歩いている姿がある。
体感的に操作しているヒューマンロイドがジャンプして水たまりを飛び越えたのは理解できた。
『無事に水たまりを超えました』
「氷見子ちゃん、上手上手!」
寝瑠子さんが尻尾をくねらせながら褒めてくる。
たいしたことはしてないけれど、ちょっと気分が良くなった。
しばらく男性の行動を追い続けていると、彼は喫茶店の中に入っていった。
「寝瑠子さん、目標がお店の中に入っていきましたよ」
「ガラス窓から中の様子をうかがおうっか。なるべく目立たないようにしてね。端っこ」
「はい」
寝瑠子さんに言われた通り、窓隅の壁に待機する。
ガラス窓には薄く透き通った体をした、二十代前半に見える清楚な格好をしたセミロングの黒髪女性がこちらを覗き込んでいた。
つまり、今私が操作しているヒューマンロイドとやらの外見が反射して映っている。
『最適な立ち位置と覗き方を実行』
「友美、今の氷見子ちゃんへのアシストはどれくらい?」
『中。60%です。ある程度はワタシがカバーしています』
「というわけだから、友美がしっかり支えてくれてるから、自由に動いても大丈夫だからね氷見子ちゃん」
だそうだ。
とにかく私の操作と捜査、つまり仕事は友美のサポートが機能してうまくいっているらしい。
それって私の存在意義あるのか不安を抱いていると、目標が店内で先に休んでいた三十代ほどに見える女性の席正面に座った。
「あっ、寝瑠子さん、目標が他の女性の近くに座りましたよ!」
「でかした! 友美、ちゃんと録画できているよね?」
『常に準備できています。仕事用に切り抜き、編集もいつでも可能』
でも、女性と隣に座ったからと言って特に不貞行為とは言えない。
それは知識が無い私でも理解できる。
「これじゃあ、証拠としては弱いですよね?」
「うん。だからもっと積極的な行動を起こしてほしいんだけど。いや、したらしたらで目標が悪ってことになるから喜ぶのも変だけど」
寝瑠子さんは横で頬をかきながら呟く。
確かに依頼者の勘が外れていて、実は仲のいい夫婦のままでしたって結果が好ましい。
しかし。
「あれ、なんだかボディタッチが多い気がします」
「ボディタッチだけじゃ真っ黒とは言えないけど、ちょっと黒くなったかな……」
馴れ馴れしい触れ合いの光景を見せられる。
普段なら微笑ましい光景だけど、今はいかがわしい雰囲気に見えてしまう。
そのまま目標を監視し続けていると、男性は女性と別れ、早々に退店していく。
「まだ目標を追い続けますか?」
「いや、今回はこれくらいで大丈夫だよ。しっかり次に繋がるきっかけは掴めたから」
『お疲れ様です。今回の仕事はこれにて終了です』
寝瑠子さんは私の背中を撫でながら、
「よくやれたじゃない! 友美の手伝いもあったからだけど、ちゃんと仕事出来てたよ、偉い!」
リコ【はじめてのお仕事お疲れさま! 今通知が届いたよ。何も問題なく遂行できたじゃない、すごい】
ツムギ【お疲れ様! 突然知らない人がやってきて、仕事をやらされて大変だったと思うけど、無事にやり遂げられたようだね。よく頑張ったね】
ソウマ【仕事お疲れ様です! 初めてなのに小さな失敗もなしに完遂するなんて……ナイス!】
ヤマト【お疲れ。いい働きだったと思うよ。友美がいればどんな仕事もこなせる気がしないかい? これからも一緒に頑張っていこう】
アン【お疲れさま! これであたしたちの仲間になる準備は整ったね。やるじゃない】
仲間、いや、先輩たちからの激励が画面に映し出される。
私は大した活躍をしたわけじゃない。
寝瑠子さんと友美と一緒に適当にやっていただけだ。
でも、嬉しい気持ちが無いと言ったらうそになる。
横に居る寝瑠子さんは微笑みながら話しかけてきた。
「どう、これからもわたしたちと一緒に仕事していけそうかな?」
「はい……これくらいなら私でも何かできそうです」
「うん、でしょう? 友美……とわたしがいれば何も問題ないでしょう? あ、お給料は時給6おにぎりと6ペットボトル水だよ」
「お給料より、私なんかでいいんですか? 役に立ちますか?」
寝瑠子さんは優しい笑みを浮かべながら、私の肩にそっと手を乗せる。
「氷見子ちゃんじゃなきゃダメ。一緒に来て?」
彼女にその言葉を言われた瞬間から、喉の奥が熱くなるのを感じた。
そして、私の頭が勝手に縦に振られていた。
自室にいるのにしっかりお仕事できちゃうんです! しかもゲーム感覚でできるんです! !~よたみてい書 @kaitemitayo
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